トップ  »  最新情報  »  各界著名人の言葉

各界著名人の言葉

政治学者・姜尚中さんの言葉

"答えの出ない悩みを持っているか。それが、時代を生き抜くカギなのです"気鋭の政治学者であり、東京大学で教授も務める姜尚中さん。テレビの討論番組にもしばしば登場するので、ご存じの方も多いでしょう。そんな彼は"若い人には大いに悩んでほしい"と語ります。悩むことそのものに意味があり、答えの出ない悩みと向き合うことで、思考力や生きる力が生まれてくるのだ、と。

東進ハイスクール現代文講師・林修さんの言葉

"勝てる場所で誰よりも努力する。それが勝つための最強の法則""いつやるか?今でしょ!"のCMで、時の人となった林さんですが、これまでの人生は、波乱に満ちたものだったのだとか。新卒で入った銀行を辞めて予備校講師になるまでに"空白の3年間"があり、その間、定職に就かず、友人の起業に協力したり、投資をしたり、何にでも首を突っ込んでいたそうです。さらに、競馬で生活をしていた時期もあり、その3年間で作った借金はなんと約1800万円!"いいかげんな生活でしたけど、だからといって、不安は全くありませんでした。長銀を辞めたときも、不安なんかなかったですよ。バブルという時代の雰囲気もありましたけど、なぜか、いつも根拠なき自信に満ちあふれていました。
なんでそんなに自信満々でいられるんですか、ってよく言われますけど、そもそも、自信なんて根拠のないものなんですよ。過去にこういうことができたから、未来はこうなるなんて保証はない。どんな状況でも何とでもなると思える人が、結局勝ちを呼ぶんです"

柳澤大輔さんの言葉

"仕事が面白くない人は、自分を認めるところから始めるといい"毎年100以上の独創的なWebサービスを世に送り出す、面白法人カヤックの代表取締役・柳澤大輔さん。会社そのものを面白いコンテンツにしたらいいのではというアイディアが、カヤックの原点だといいます。"自分を受け入れて、堂々と構えてみると、目をつけてくれる人が1人や2人出てくるもの。自分を評価してくれる人がいたら、人は頑張れる"と語る柳澤さん。"サイコロ給""スマイル給""旅する支社"といった、ユニークな社内制度を生み出した彼の世界観が楽しめる

木村英智さん(アートアクアリウムプロデューサー、株式会社エイチアイディー・インターアクティカ代表取締役)

"子どものころ"夢中になったこと"と"欲しかったもの"。これが天職になる""アクアリウム"と"アート・デザイン・インテリア"を融合し"アートアクアリウム"という分野を確立した木村英智さん。2007~2011年には"スカイアクアリウム"を六本木ヒルズで開催し、2010年より"アートアクアリウム展・金魚シリーズ"を日本橋・京都・神戸・大阪・名古屋などで実施。これまでに延べ215万人を動員しました。
熱帯魚の世界に足を踏み入れたきっかけは、近所の熱帯魚店でのアルバイト。浪人生をしていた19歳のときのことで、結局進学せずその店の事業部長として5年間働いたのが今につながっているといいます。

"DAPUMP"のボーカルISSAさんの言葉

"自分の意思でやっている。そんなふうに思えれば、どんなことでも乗り越えていける"ヒップホップ・ダンス・ボーカル・ユニット"DAPUMP"でボーカルを務めるISSAさん。"やらされているんじゃなくて、自分たちの意思でやっていると思えることって、すごく大事なんですよ"と"DAPUMP"の活動で積んだ経験を語ってくれました。

2月12日は、アメリカ合衆国の16代大統領エイブラハム・リンカーンの誕生日です。

拡大していた奴隷制度に反対を表明し、南北戦争中に"奴隷解放宣言"を発したことで知られています。貧しい生まれで、十分な学校教育を受けられなかったにも関わらず、大統領にまで登りつめた彼の栄光は、まさにアメリカン・ドリーム。今でも、アメリカ人の好きな歴代大統領ランキングで上位を獲得するほどの人気だそうですよ。

エリカ・アンギャルさん(栄養コンサルタント)

"心から情熱を感じるものは何か。自分に正直になることが最も大事です"ベストセラーとなった"世界一の美女になるダイエット"をはじめ、数多くの本を執筆されているエリカ・アンギャルさん。2004年から8年間、ミス・ユニバース・ジャパンの公式栄養コンサルタントとして活躍され、現在では"美のカリスマ"と呼ばれている彼女ですが、成功するまでには、10年の歳月を要したそうです。

30歳でブレイクした人気芸人・カンニング竹山さん(芸人)

"売れる芸人は"本気度"が違う。まずは、ダメな自分を認めてみよう"21歳のときにカンニングを結成した竹山さん。最初は仕事がなく、何度も事務所をクビになったそうです。しかし、30歳のときに、2年かけて開発したキレ芸が、ライブでだんだんウケるようになり、いろんなお笑いグランプリで勝つようになっていったんだとか。そして、当時の人気テレビ番組"虎の門"のオーディションに受かり、人生が開けたのだと語ってくださいました。
30歳でブレイクするまで、家賃2万5000円の風呂なしアパート暮らしだったというカンニング竹山さん。

キダ・タローさん(作曲家)

"スランプなんて言葉、最近まで知りませんでしたわ"CMやテレビ番組のテーマソングなど、手がけた楽曲は一説には2000曲とも言われているキダ・タローさん。バンドマンから作曲家へ転身し、30歳を境に"出前一丁""かに道楽"など、CMソングの名作を次々と生み出しました。
"今の時代、不況やなんやでリストラされまっしゃろ。無理やり外に出される人も多いかもしれません。でも、新しい職場で経験を積む、いいきっかけをもらったわけですから、むしろ喜ばしいことかもしれませんよ。ただ、誤解しちゃいけません。いい仕事が見つからない、この職場、向いてない、なんていう理由で、仕事を転々とするのがいいというわけでは、ありませんからね。これも嫌、あれも向いてない、なんてやってたって、いつまでたっても何にも身につきません。転々としていいのは、何か一つ食べる術が身についてからです"このほど、作曲家人生で初めて"高校野球の応援歌"を書き下ろしたというキダ・タローさん。

画家・ジミー大西さん

画家になれたのは、出会いときっかけと運。努力じゃないです"高校在学中に吉本興業へ入り、"ザ・ぼんち"のおさむ氏に弟子入りした、ジミー大西さん。明石家さんま氏に才能を見出され、多くの一発ギャグで超売れっ子になりました。
その後、テレビ番組の企画で絵を描いたことをきっかけに画家へと転身し、活躍を続けていらっしゃいます。"たくさんの人と出会い、たくさんの人と話し、その中で僕はこうしたいんや、と思うものを見つけることができた。これをずっとやってたらええんや、というものを見つけたら、それだけでもう成功やと思うんです。僕がサラリーマンやってたら、ホンマに邪魔やと思いますよ(笑)。でも僕は、自分に合う場所を見つけることができた。自分に合う場所は、みんな絶対にあると思います"

セルジオ越後さん(サッカー解説者)

"誰かに教えてもらえると思っているうちは、いいプレイはできません"18歳でサンパウロの名門サッカークラブ"コリンチャンス"とプロ契約し、右ウイングとして活躍。その後、1972年に来日。藤和不動産サッカー部(現・湘南ベルマーレ)でプレイしたセルジオ越後さん。現役引退後は、自身が主催するサッカー教室の指導員や、サッカー解説者として活躍されています。"みんなが上を目指すのがいい社会だとは思いません。いろいろな生き方があっていい。だから社会は美しいんだから。サッカーだってフィールドに出るのは22人だけど、スタンドには8万人ぐらい座っている。彼らがいるからプロスポーツが成り立つんです。全員が選手を目指すのはおかしいし、選手だけが成功者扱いされるのもおかしい。いろんな立場の人がいる社会で、あなた自身は、本当はどのポジションにいるのがいいんだろう。それを考えることが大事ね"

ファッションデザイナーのドン小西さんの言葉

"計算するな。がむしゃらに向かえば、必ずなんとかなる"辛口のファッションチェックで人気のドン小西さん。29歳でブランドを立ち上げ、数々の賞を受賞。一世を風靡するも、後に15億円の負債を抱えてしまうことに。しかし、裸一貫になってもあきらめず、いろんな仕事に必死で取り組んでいたところ、辛らつな発言が面白いとメディアで注目されるようになったそうです。"本気なら何でもできるでしょ。失敗する人はたいてい途中であきらめるんです。年収でも地位でも評価でも、何でも上がっていけばいくほど、苦労も多い。大変な神経をすり減らす。でも、苦労と達成感は比例するんです。さんざん苦労して何かを成し遂げたとき、その充実感は何物にも代え難いものがあります。

イタリアの映画監督にして脚本家、フェデリコ・フェリーニの言葉

"終わりというものはない。始まりというものもない。人生には無限の情熱があるだけだ。始まりと思うのも自分、もう終わりと思うのも自分"なかなか熱い言葉ですよね。日々大変なこともありますが、最終的には自分の気持ち次第。今年一年、この言葉を胸に皆さん頑張りましょう!

マギーさん(俳優、脚本家、演出家)

"挫折や失敗を繰り返せたことは、むしろ幸運だったと思います"90年代に一世を風靡(ふうび)した伝説のお笑い集団"ジョビジョバ"で、脚本・演出・出演の3役をこなしながら、メンバーを牽引していたマギーさん。"ジョビジョバ"活動休止後は、俳優、脚本執筆、演出の分野で幅広く活躍していらっしゃいます。

阿川佐和子さん(作家、タレント)

"期待にかじりつくように、生きていく。それでも、続けていれば、なんとか形になるんです"著名人との対談連載"阿川佐和子のこの人に会いたい"が好評な阿川さん。連載20年を超え、ライフワークともいえる仕事になりましたが、インタビューは、いまだに苦手なんだとか。"この連載から学んだことは数えきれません。私は、ちょっと失敗すると不安になったり、やっぱり自分はダメなんだと思ったりするタイプ。でも、そんな時に魅力的なゲストとの出会いがある。ゲストの言葉に励まされて、生きる指針をいただける。辛いことがあって泣いても、ゲストにお会いすると元気になって、また一週間生きていけると思う。その繰り返しでいつの間にか連載900回(取材時)を越えてしまいました"

株式会社リバースプロジェクト代表・伊勢谷友介さん

"生きる目的があれば、自分の能力を高く活かせる"東京藝術大学美術学部修士課程在学中に、映画"ワンダフルライフ"で俳優デビューした伊勢谷さん。その後は俳優業にとどまらず、映画監督としてメガホンをとるなど、多方面で才能を発揮されています。そして2009年には、これからの環境や社会を見つめ直すための活動、"リバースプロジェクト"を始動されました。
"僕は、人生を逆算して考えています。僕が60歳まで現役で活動するとしたら、あと23年しかないわけです(取材時)。その23年の間にできることなんて、これっぽっちのことなんです。でも、だからといって諦めないで、そのこれっぽっちのことを、いかにして有用なものにしていくか。それしかないんです"

伊武雅刀さん(俳優)

"頑張って続けていればいつかは芽が出る。なんて、幻想ですよ"高校を中退して"劇団雲"に入団した伊武雅刀さん。その後1年で劇団をクビになり、自分たちで劇団を作りました。
3畳一間のアパートに住み、工事現場の肉体労働で生活費を稼ぎながら俳優を目指した伊武さんに、最初に訪れたチャンスはラジオコマーシャルのナレーションでした。

稲川素子さん(稲川素子事務所代表)

"外国人をスカウトするために、六本木の街頭に立ち続けました"50歳のとき、外国人タレント専門のプロダクション"稲川素子事務所"を設立した稲川さん。以後25年間、映画、テレビ、雑誌などのメディアを中心に外国人タレントを派遣し、142の国と地域、約5200人の外国人が登録するプロダクションとなりました。

工業デザイナー、プロデューサー・奥山清行さんの言葉をご紹介しましょう。

"給料が3分の1になっても、フェラーリのデザインをしたい。それは、自分の作品を残すための決断でした"イタリアの超高級車・フェラーリ。そのデザインをイタリア人以外で初めて担当したデザイナー、奥山さん。彼はアメリカの大メーカー・GMで管理職をしていた35歳のころ、ポストも給料も肩書も捨てて、イタリアの名門スタジオ"ピニンファリーナ社"に移ります。

笠原将弘さん(日本料理"賛否両論"店主)

"いつも楽しくあること。それができる人のところに人もお金も集まってくる""予約が取れない店"として有名な日本料理店"賛否両論"の店主である、笠原さん。高校卒業後、"正月屋吉兆"で9年間修業を積み、28歳のときに実家の焼き鳥店"とり将"を継いで繁盛店に育てました。
2004年には、日本料理店"賛否両論"を恵比寿にオープン。毎月1日に翌月の予約が埋まる、人気店となっています。

医師・作家の鎌田實さんの言葉

"景気回復のカギは空気を読まないことにあるんです"ベストセラーとなった"がんばらない"の著者でもある鎌田さんは、長野県の諏訪中央病院で地域一体となった医療に携わり、現在も同病院の名誉院長を務めていらっしゃいます。"人のためになることをすると自分も元気になるんです。生きるのが楽しくなる。そういう醍醐味は、やっぱり仕事じゃないと味わえない。だから仕事って、本当にすごいと思うんですよ"

岩佐大輝さん(農業法人GRA代表取締役CEO)

"プロフェッショナルが本気でぶつかり合うと、イノベーションが生まれる。それが1粒1000円のイチゴとなった"ITを駆使してつくられた"ミガキイチゴ"の生みの親、岩佐大輝さん。大学在学中の2002年、24歳でITコンサルティングを主業とする株式会社ズノウを設立。その後東日本大震災をきっかけに、"新しい東北をつくらなくてはならない"という使命を感じ、農業法人GRAとNPO法人GRAを創設。

岩崎夏海さん(作家)

"私心を捨てることができたとき、大きな結果に近づける"漫画、テレビアニメ、映画にもなったベストセラー小説"もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの"マネジメント"を読んだら"の著者である岩崎さん。大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事し、放送作家としてキャリアをスタートさせました。
最初の2年間は、企画が1本も通らず苦労したという岩崎さん。3年目になってようやく声を掛けてもらえるようになり、その後3年くらいは放送作家として順調にキャリアを積みました。
しかし、29歳のとき"生きるべきはテレビの世界ではない"ということに考えが至り、小説家を目指したそうです。100万部を超える大ベストセラーの著者となった岩崎さん。

ライフネット生命保険株式会社代表取締役社長兼COO(取材時:代表取締役副社長)岩瀬大輔さんの言葉

"キャリアプランは考えない。直感でピンときたものに進めばいいんです"インターネット専業の生命保険会社"ライフネット生命"の設立に参画し、現在は同社の代表取締役社長兼COOを務める岩瀬大輔さん。東京大学在学中に司法試験に合格したのち、"ボストン・コンサルティング・グループ"、"リップルウッド"勤務を経て、ハーバードビジネススクールに入学。卒業時には"成績最優秀称号"を授与されるなど、華々しい経歴を持つ岩瀬さんですが、彼の仕事に臨む姿勢は誰でも参考になることばかり。"楽しい仕事はどこにあるのだろう"と悩む若い人に対して、"仕事ってそもそも面白いものだろうか"

橋田壽賀子さん(脚本家)

"不遇な時期をどう過ごしていたかで人生は決まるんです""おしん""渡る世間は鬼ばかり"など、ヒットドラマを数多く世に送り出した人気脚本家の橋田さん。早稲田大学在学中、松竹に入社しましたが、男女差別を受けながらの"不遇の日々"が続いたそうです。その後、34歳のときに独立し、石井ふく子さんなど信頼できるプロデューサーとも出会い、少しずつ脚本家への道が開けていったと、語ってくださいました。
"現状に不満がある人は、努力が足りないんですよ。もっともっと努力をしないと。努力しないで文句言ってる人が多過ぎます。もし努力しているのに報われないと思うのなら、自分をアピールする努力をしなくちゃ。いい仕事は向こうからやってきません。自分から取りに行かないとね"

近藤誠さん(慶應義塾大学医学部放射線科講師)

"患者に対する責任感。それが周囲と闘う原動力となった"医療の常識を覆した本"医者に殺されない47の心得"が100万部を超える大ベストセラーになった近藤誠さん。がんの放射線治療を専門とし、乳房温存療法の日本におけるパイオニアとしても知られています。アメリカ留学で学んだ放射線医療を日本でも広めようと、帰国後に活動を開始しましたが、旧態依然とした日本の医療界の壁に阻まれ改革は思うように進まず、厳しい戦いの連続だったといいます。

窪田良さん(眼科医、製薬会社アキュセラ・インク会長・社長兼CEO)

"大切なのは、変化し続けること。繰返しの毎日は、成長が止まっているサインです"全世界に1億2700万人の患者がいると言われる"加齢黄斑変性"の治療薬を開発している窪田さん。慶應義塾大学医学部を卒業後、同大学大学院に進み、緑内障の原因遺伝子"ミオシリン"を発見。その後、臨床医として虎の門病院に勤務するも、2000年に渡米し、2年後に米シアトルの自宅地下室でバイオベンチャー"アキュセラ"を設立しました。

桂才賀さんの言葉

"にらみをきかした受刑者たちが、肩を震わし笑い出す。この瞬間がたまらないのよ"刑務所の慰問を精力的にこなす落語家・桂才賀さん。25年にわたって全国を飛び回り、訪問したのは1000回以上。ノーギャラ、手弁当で慰問を続ける才賀さんならではの名言ですね。情景を想像するだけで何だか笑みが浮かんできそうです。

経沢香保子さん(トレンダーズ株式会社代表取締役)

"恋愛と同じ本気度で仕事相手を知り尽くす。それが強固な信頼につながる"次世代の女性の生き方・働き方を提案し続けている経沢香保子さん。会社を創業した時から上場を目標にしていましたが、順風満帆に上場できたわけではないといいます。起業して6年目に、大量のスタッフが会社を去ってしまい、組織の作り方に失敗。みんなが幸せに働けない場所になってしまっていたことを実感しました。
第2創業期ともいえる大変革を乗り越えて、2012年に念願の上場、最年少上場女性社長となった経沢さん。

原田泰造さん(お笑いタレント、俳優)

"楽しくやる。自然にやる。無理に大きく見せない。これがいちばんですよ"物心ついたころからテレビの世界に憧れ、親に内緒で児童劇団に申し込んだり、高校卒業後、アルバイトで貯めたお金でドラマのエキストラを紹介してくれる会社に所属したりと、テレビに出るためにあれやこれやと模索していたという、原田さん。その後オーディションに合格し、今の事務所(ワタナベエンターテインメント)に所属。夢への第一歩を踏み出すことに成功し、のちに出会う、名倉潤さん、堀内健さんと共に、お笑いトリオ"ネプチューン"を結成されました。
現在では、お笑いタレントとして数多くのレギュラー番組を持つだけでなく、俳優としても活躍されている原田さん

広瀬隆さんの言葉をご紹介しましょう。

"面白いものは、メインストリートではなく、裏通りにあるんです"代表作、原子力の危険性を説いた"東京に原発を!"が今再び注目されている広瀬さん。もともとは大企業に勤める技術者だったという彼ですが、会社を辞めたのは世間を大混乱に陥れたオイルショックの時代だったとか。その経験から、"今の若い人はもっと大胆に生きていいと思いますよ"と語る広瀬さん。

行定勲さん(映画監督)

"やりたい映画は1本も撮っていない。でも、自分で"これがやりたかった"と言える作品にすればいい""GO""世界の中心で、愛をさけぶ"など、ヒット映画を次々と生み出してきた行定さん。2002年には"GO"で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞して一躍脚光を浴びました。
さらに2010年に公開の"パレード"では、第60回ベルリン国際映画祭で、国際批評家連盟賞を受賞されました。

高野登さん(リッツ・カールトン前日本支社長)

"人生はウェイテング・ゲーム。今を一所懸命に生きていれば、いいメッセージがやってきます"高野さんは、プリンスホテルスクール(現・日本ホテルスクール)を卒業後に渡米し、ニューヨークやサンフランシスコのホテルを経て、1990年に、ザ・リッツ・カールトン・サンフランシスコの開業に参画されました。
94年には、日本支社へ転勤、日本支社長に。2009年にリッツ・カールトンを退職してからは、著述業・講演活動を中心に、"人とホスピタリティ研究所"の代表としても活躍されている。

俳優・佐々木蔵之介さんの言葉

"自分は未完成。だから使ってもらえる。そういう考え方もあると思うんです"いずれは実家の造り酒屋を継ぐつもりだったという佐々木さん。大学在学中に劇団"惑星ピスタチオ"の旗揚げに参加し、退団するまで全公演に出演しました。
大学卒業後は、大手広告代理店に入社。働きながら芝居も続けましたが、芝居に専念するために退職したと言います。"使う側から見れば、僕は未完成なんじゃないかと思うんです。もっとイジれる。こうすればもっとよくなる。そう思いながら使ってもらえたからよかったのかなと。もし完璧にできていたなら、コイツを使ってみようと思ってもらえなかったかもしれません。未完成だから、やらせてみようと思ってもらえる。そういう考え方もあっていいと思うんです"

佐渡島庸平さんの言葉

"フルマラソンの後に、100メートル全力疾走させられるか。この粘りが"宇宙兄弟"大ヒットを生んだ""ドラゴン桜""宇宙兄弟"など、数多くの大ヒット漫画を生み出した、敏腕編集者の佐渡島さん。2012年に講談社から独立し、クリエイターエージェント会社"コルク"を設立しました。
"もし、自分の仕事にこだわりを持てないと感じるなら、それは好きな仕事を好きな相手としていないからではないでしょうか。人って、自分のことをなまけものだと思っているけど、好きなことはすぐ行動に移すものなんです。なかなか行動に移せないのは、行動を阻害している要因が必ずあるはずです。自分自身を観察して心の中のモヤモヤを見つけることが、自分の力を最大限に活かす仕事を見つけることにつながっていくのだと思います"独立を機に、メディアから注目される存在となった佐渡島さん。

坂井宏行さん("ラ・ロシェル"オーナーシェフ)

"常に"80%"を目指す。その余裕がいい仕事を生む"1994年から出演したフジテレビの料理対決番組"料理の鉄人"で一躍有名人となった坂井さん。17歳でフランス料理の世界に入り、19歳で単身渡ったオーストラリアで、"常に80%でいく。残り20%は自分のために使う"という人生観に変わったのだとか。"独立してからも100%は目指しませんでした。100人中20人、料理を気に入らないお客様がいてもしょうがない。支持してくださっている80人を大切にしよう、と。全員から支持を得ようとするから無理が出るし、苦しくなる。もちろん、100%を目指す生き方もある。でも、僕は違った。いつも余裕を持ちたいと思った。お客様だけが楽しい、おいしい、だけじゃなくて、スタッフのみんなも楽しい店にしたかった。"ここのスタッフはいつも楽しそうにしていますね"と言われるのが、一番嬉しかったんです"フランス共和国より農事功労賞"シュヴァリエ"も受けたことがある"フレンチの鉄人"に、番組に出演することになった。

坂東眞理子さん(昭和女子大学学長)

"与えられた仕事でベストを尽くす。そんな愚直さこそ、最高の成長戦略です"東京大学文学部卒業後、総理府(現・内閣府)に入省し、キャリアをスタートさせた坂東眞理子さん。"評価してもらえない、やりたいことができない、自分は巡り合わせが悪いんじゃないか、と思っている人もいるでしょう。でも、"これがやりたい"と言って、できることのほうが珍しいのだということに気づいておく必要があります。それこそ、"仕事をいただいている"くらいに考えたほうがいい。素直に受け入れ、頑張ってみる。ふてくされ、ダダをこねるのではなく、今を積極的に受け入れてみる。120%の準備で挑んでみる。そうすることで初めて、"お、こいつはやるじゃないか"と次の仕事を任されるようになるんです"

山崎達郎さん(日本最高齢バーテンダー)

"一番大事なのは、お客様に"恥をかかせないこと"なんです"50年以上続く札幌ススキノの名店"BARやまざき"の店主である山崎さん。戦後間もなく進駐軍のバーで働き、以来65年(取材時)、現役を貫いてきた、日本最高齢のバーテンダーです。"もし、自分に合った仕事がなかなか見つからないと思う人がいたら、まずは今の仕事をおろそかにしないで懸命に取り組んでみることです。その仕事が天職かもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、それは真剣にやってみないとわからないんです。もし違っていても、真摯な姿勢で目の前の仕事に向かっていれば、いつか必ず、天職に出会うと思いますよ"

山田昭男氏(未来工業株式会社取締役相談役)

"常識を疑え。人の反対を考えろ。そこに儲かる種がある""残業禁止""ホウレンソウ禁止""ノルマ禁止"...などなど、非常にユニークな経営方針を貫きながら、創業以来40年以上赤字ゼロという実績を残してきた"未来工業株式会社"。その創業者、山田氏は"経営者の一番大事な仕事は、社員のやる気を引き出すことだと思っている"と語ります。企業としてきちんと利益を出すため、絞るところは徹底的に絞り、使うべき大事なところでは太っ腹に使う。

山本寛斎さん(デザイナー、プロデューサー)

"世界クラスはみんな異常ですよ。むしろ、正常ではダメなのです"既成概念にとらわれないアヴァンギャルドなデザインで、時代に敏感な若者から圧倒的な支持を獲得してきた山本さん。20歳で大学を中退し、縫製の修業から始めて、独学でスタイル画を学んだそうです。そして26歳のときロンドンで日本人初のファッションショーを開催し、一躍世界の舞台に躍り出て、ファッションデザイナーとしての地位を確立されました。
"成果やらテクニックやら、みんないろんなことを考えようとするけれど、あんまり難しく考えないほうがいいんです。大事なのは、まず気持ちです。例えば、うまいものを作る方法だって実はシンプル。ハラが減っていて、材料が新鮮なこと。蛤焼きなんて、塩だけでうまいでしょう。技は3番目なんですよ。そして何より自分が面白いと思うことをやること。今いるところにそれがない、ほかにそれがありそうだな、と思えるなら、現状を変えたほうがいい。人生1回。無理して嫌なことなんてやる必要はない"

寺尾玄さん(バルミューダ株式会社代表取締役社長)

"失敗したとき、価値観が浮き彫りになる。それに基づいて行動すると、いい結果が生まれるんです"17歳の時、高校を中退。約1年間、スペイン、イタリア、モロッコなど、地中海沿いの国を旅した後、音楽活動を開始し、約9年間にわたってライブを中心にバンド活動をされていた、寺尾さん。大手レーベルとの契約、またその破棄などの経験を経て、2001年にバンドを解散。その後、もの作りの道を志し、独学を重ねる一方で工場を訪ね歩き、設計、製造を習得されました。
そして2003年、有限会社バルミューダデザイン(現・バルミューダ株式会社)を設立し、自然の風を再現した扇風機は3万円という高額商品にもかかわらず、1万2000台の大ヒットとなり、業界に旋風を巻き起こしました。
"人間、困らないと考えないんですね。普段も考えていたつもりだったけど、そんなんじゃ足りなかった。追い詰められて必死で考えた末にわかったことは、"人に必要とされるものじゃないと売れない"ということです"

秋田豊さんの言葉

"チャンスはたくさん転がっている。でも、準備をしてないから、気付かないんです"強力なヘディングを武器に、センターバックとして鹿島アントラーズの9冠に大きく貢献した秋田さん。引退後は、京都サンガF.C.のコーチを経て、サッカー解説者として活躍しています。Jリーグ開幕とともに鹿島アントラーズへ入団した当初、秋田さんは決してうまい選手ではなく、アントラーズも強いチームではなかったといいます。そんな鹿島が優勝するほど強くなったのは、ジーコ氏など世界の一流チームを渡り歩いてきた選手の影響で、緊張感のある質の高い練習を常にするようになったからだと。

出雲充さん(株式会社ユーグレナ代表取締役)

"失敗したくないなら"みんなと同じ"ではダメ。他人と違うことをやらなくちゃ"59種類の栄養素を持つ藻の一種"ミドリムシ"の大量培養に、世界で初めて成功した、株式会社ユーグレナの創業者・出雲さんは、高校生のころから、国連の職員になって世界各国の飢餓の問題を解決したいと考えていたそうです。しかし、大学1年の夏休み、一般的に飢餓と貧困の国というイメージがあるバングラデシュへ行ったのをきっかけに、"内戦地帯のような一部の地域を除けば、空腹という意味の"飢餓"なんて世界中にほとんどない"という事実を知ったそうです。では何が問題なのかを考えた出雲さんは、"炭水化物以外の栄養素が決定的に欠けている"ことに気が付き、"それさえ食べればほかに何もいらない、人間が生きていく上で必要な栄養素がすべて含まれているという夢のような食べ物。それが本当にあれば、10億人の栄養不足を解決できる"と考え、農学部へ。そして、"ミドリムシ"にたどり着いたといいます。

小宮一慶さんの言葉をご紹介。

"一人前になってから努力できるか。それが、一流と二流を分けるんです""ビジネスマンのための"発見力"養成講座"など数々の著書がある小宮さんは、もともとは銀行員。国際的な仕事を希望し、当時最も国際化が進んでいた銀行、東京銀行に入行します。その後、アメリカへ留学しMBA取得。その後も世界を股に掛けて活躍する彼の言葉には、世界を相手にしてきた人が持つ説得力を感じます。

小室淑恵さん(株式会社ワーク・ライフバランス)

毎日必ず定時に帰る。しかし、時間あたりの生産性は最大にする。残業続きは、プロ失格です"1999年、株式会社資生堂に入社し、2001年には"女性が働きやすい社会"実現のため、育児休業者の職場復帰支援サービスを立ち上げた小室さん。2004年には"日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2004・キャリアクリエイト部門"を受賞されました。
そしてその2年後、株式会社ワーク・ライフバランスを設立。残業を削減し、かつ売り上げは向上させる"働き方の見直しコンサルティング"が好評で、900社以上の企業でコンサルティングした実績。

小倉久寛さん(俳優)

"新しい仕事をするのは、いつだって怖いんです。失敗したらどうしようって、思いますから"今年、創立35周年を迎える"劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)"創立メンバーで、舞台以外でも、映画・ドラマ・声優などでも活躍されている小倉さん。"これまで"この仕事向いてないな"と思ったことは何度もあります。僕は極度のあがり症なんです。舞台はまだいいんですよ。1カ月くらいみっちり稽古すれば、"あれだけやったんだから、大丈夫"って思えるから。でも、バラエティ番組ではそういうわけにはいかない。ずっと緊張しっぱなしです。あがったまま出て行って、わけがわからなくなっちゃって、もうしゃべらない。そんなことも多いです(笑)"

小日向文世さん(俳優)

"苦しい時期が続いても、いつかきっと、いい仕事がくると信じる。思い込みって、大事なんですよ"2012年"アウトレイジビヨンド"で、第86回キネマ旬報ベスト・テン"助演男優賞"を受賞された、小日向文世さん。もともとは舞台俳優で、47歳のときに出演したTVドラマ"HERO"で大ブレイクし、その後、映像の世界にも活躍の場を広げていらっしゃいます。"いつもいい状態でいるために、日々の生活の中から楽しみを見つけておく。些細なことでいいんですよ。受付の女の子がかわいい、でもいい。自分がいる場所でワクワクできるものを見つけて、心を常にいい状態にしておく。それがいろんなことを好転させていくんだと思いますよ"

タリーズコーヒージャパン創業者で現・参議院議員、松田公太さんの言葉をご紹介。

"転職はリスクではない。人生の目的が定まってないから、不安になるんです"インタビュー当時は、タリーズコーヒーインターナショナルの会長、そして今では参議院議員の松田さん。そんな彼、新卒での就職先には"いちばん向いていない会社"を選んだのだとか。"だからこそ、学ぶことが多いのではないかと考えたんです"

上川隆也さん(俳優)

"自分の無力さを認めること。それが大きな力を生む"大学在学中に、演劇集団"キャラメルボックス"に入団し、看板役者を務め、29歳のとき、NHK70周年記念日中共同制作ドラマ"大地の子"に主演。その後、大河ドラマ"功名が辻"で主演されるなど、人気俳優の仲間入りを果たされました。
2015年新春の再演が決定した主演舞台"真田十勇士"では、ビジネスパーソンに絶大な人気を誇る、真田幸村役を演じられる上川さん。部下の心をつかんではなさない、幸村の考え方や生き方に"理想のリーダー像"を感じる方も多いはず。自分の生き方に疑問を感じている人に勇気を与える舞台となっています。

上島竜兵さん(ダチョウ倶楽部、お笑い芸人)

"80歳になっても、熱湯風呂に入りたい。どんな状況でも、どんな立場になっても"ダチョウ倶楽部のメンバーとして、またリアクション芸人として確固たるポジションを築き、多くの後輩芸人、大物たちから愛され続ける上島さん。キャリアを積み上げる上で重要だったのは、志村けんさん、ビートたけしさんといった先輩たちや、後輩である"竜兵会"のメンバーたちとの出会いだといいます。"芸人さんによって笑いの取り方が違います。志村さんには志村さんの笑いがあるし、オレにはオレの笑いがある。あれもこれもと欲張らず、自分の笑いを取っていけばいいと思っています。まさかオレがコントで志村さんに勝てるはずがないけど、熱湯風呂やおでん芸では、オレのほうが勝てそうな気がするんです(笑)"

新海誠さん(アニメーション監督)

"批判を恐れない。そのためには、自分の"芯"を持つことが大切なんです""ほしのこえ"や"雲のむこう、約束の場所""秒速5センチメートル"など話題のアニメーションを手掛けた新海誠さん。アニメを作ろうと思ったのは、社会人になってからだといいます。新卒でゲーム制作会社に入社し、ゲームのパッケージやオープニング制作を通じ、アニメを作りたいと思うようになったとか。2013年5月に、日本・香港・台湾で同時公開され、日本での観客動員数が12万人を突破した最新アニメーション"言の葉の庭"

森岡毅さん(株式会社ユー・エス・ジェイCMO)

"しがらみを断ち切り、大変革を起こすなら、人に嫌われることを恐れるな"マーケティングのプロとして、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)にヘッドハンティングされた森岡さん。約700万人台に落ち込んでいた年間来場者数を、3年間で年1000万人台にすることに成功。"奇跡的なV字回復!"とあちこちで取り上げられましたが、その回復は"奇跡"ではなく"苦労"の連続だったそうです。"みんな、子どものころから人の顔色をうかがい過ぎなんです。親や先生の期待に応えようとして、自分の意志を貫くことに慣れてない。私はこれまでたくさんの失敗をしてきましたけど、それでわかったことは、"正しいかどうかは、他人が決めることじゃない"ということです。"自分が正しいと思ったことをすること"が正しいことなんです。"

森下一喜さん(ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社代表取締役社長兼CEO)

"自分自身が"絶対、面白い"と思えなかったら、大ヒットは生まれない"ソフトウェア開発会社を経て、2002年にガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社を創業した森下一喜さん。スマートフォン用ゲーム"パズル&ドラゴンズ""ケリ姫クエスト"を手がけて大ヒットさせたほか、家庭用ゲーム機でもプロデューサーとして"ラグナロクオデッセイ"を製作しました。
1300万ダウンロードと驚異のヒットとなった"パズドラ"の生みの親

女優・森公美子さんの言葉

"平凡な毎日のなかにこそ、非凡がたくさんあるんです"歌唱力と魅力的なキャラクターで、ドラマ、ミュージカル、オペラなど、テレビや舞台で活躍中の森さん。"人生は楽しんだもの勝ち"という彼女の周りには、仕事でもプライベートでも、笑いが絶えないといいます。"せっかく生まれてきたんだから、楽しまなくちゃ損でしょう?そのためには、自分で意識して楽しい環境を作っていくことが、すごく大事なんだと思うんですよ"

LINE株式会社代表取締役社長、森川亮さんの言葉

"変化に応じて、自分を壊し続ける。それがLINEの成功につながったんです"全世界に3億人(取材時)のユーザーがいるスマートフォン用無料通話アプリケーション"LINE"躍進の立役者となった森川さんですが、新卒入社した日本テレビでは早々に挫折を味わったそうです。"今思えば、新卒で入社して早々に挫折を味わったことが、現在につながっていると思います。
嫌な仕事でも自分から仕掛けていけば形になるし、楽しみも見い出せる。これを知ったことは大きかったですね。どんな仕事でも前のめりになって打ち込めば、後で大きな力となって返ってくるんです"

水野敬也さん(作家)

"誰だって、ダメな自分を認めたくないでしょ。だったら、やるしかない"中学、高校と男子校でモテない不遇の時代を過ごし、猛勉強して慶應義塾大学に入り"大学デビュー"したという水野さん。特になりたいものが思い浮かばないまま、気づいたら大学3年生。とりあえず、みんなと同じように就職活動を始めましたが、うまくいかなかったんだそうです。しかし、25歳のとき、転機が訪れます。友人らと出版した"ウケる技術"が25万部を超えるベストセラーに!その後、出版した自己啓発本"夢をかなえるゾウ"はドラマ化もされ、170万部を超えるベストセラーとなりました。

是枝裕和さんの言葉

"人の役に立ちたい。そう思って自分を犠牲にするほど、僕はいい人じゃない"ドキュメンタリー番組のディレクターとして活躍後、"ワンダフルライフ""誰も知らない"などの作品で、高い評価を受ける映画監督・是枝裕和さん。"人って、誰かと接することで作られていく生き物なんだと思います。
今、僕がこうして何らかの話ができるのも、これまでいろんな人と接して、さまざまなことを教えてもらったから。僕だけじゃない。みんなそうでしょ。小さいころから、たくさんの人と接することでいろんなことを覚えてきましたよね。人と人との関わりってすごく大事なことなんですよ。人と関わりを持つと、次の瞬間、風景が変わって見えるのね。そんなふうに"自分の中の変化を受け入れる"こと。そういうのを"成長"っていうんだと思う"

星野佳路さん(株式会社星野リゾート代表取締役社長)

"働く人全員が、自由に発言できる場を作ること。それが組織改革を成功させる要なんです"軽井沢の老舗"星野温泉旅館"の四代目として生まれた星野佳路さん。米国のコーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得し、日本航空開発やシティバンクで勤務したのち、星野リゾートの代表取締役に就任。経営難に陥った老舗旅館やホテルを次々と蘇らせる"観光のカリスマ"として注目を浴びました。
2014年にはバリへ進出する星野リゾート。"日本の観光をヤバくする"という言葉を掲げ、日本の観光を世界に誇れるものにするため尽力する星野さん。

俳優の西村雅彦さんの言葉

"どんな仕事でも、自分の役割に感謝してがむしゃらに進んでいけばいい"ドラマ"古畑任三郎"の今泉慎太郎役で一世を風靡した西村雅彦さん。"ぶつかっていくと、痛い思いもするでしょう。それでもいいじゃないですか。傷つかないまま生きていても、ちっとも楽しくない。人生が楽しい事ばかりだったら、楽しいという感覚そのものがなくなってしまいます"

代々木ゼミナール英語講師・西谷昇二さんの言葉をご紹介しましょう。

"自信のかけらが集まったもの。それを"個性"というんです"とかく"個性を持たなくてはいけない"と言われますが、無理やり個性を作ろうとしても意味がありません。

大学院教授、石浦章一さんの言葉

"脳の老化は40歳から。でも、そのスピードは、20代、30代の過ごし方で、変わってくるのです"アルツハイマー研究の第一人者にして、著書も多数出版されている有名教授、石浦さん。彼によれば40歳から脳細胞は1日になんと約136万個も減るといいます。しかし、数字だけみるとものすごいことのようですが、ほかの機能に比べ脳の老化は遅く、それまでに脳を活性化させる生活習慣を身につけていれば老化スピードを遅らせることができるのだとか。また、40歳を過ぎたら"経験知"を活かした仕事で勝負すべしと彼は説きます。

俳優・歌手の石丸幹二さんの言葉

"1つの役を多角的に考え抜く。"半沢直樹"で発揮したその姿勢を、これからの舞台でも活かしたい"40%を超える視聴率を記録したドラマ"半沢直樹"での熱演が記憶に新しい、石丸さん。東京藝術大学音楽学部声楽科在学中に劇団四季に入団し、以後17年間、舞台俳優として活躍。2007年に劇団四季を退団するも、2年後に俳優活動を再開。その翌年には、音楽活動も本格的にスタートさせました。
"年齢にかかわらず、チャレンジしてみることは、すごく重要だと思うんです。

石黒浩さん(ロボット工学者、大阪大学大学院基礎工学研究科特別教授)

"やりたいことだけやって生きていきたいなら、人の言うことは、一切、聞くな"自分そっくりのアンドロイドが、自分に代わって講演をする。そんな漫画のような世界を現実のものにしてしまった石黒さんは、世界中から注目を集める、ロボット研究の第一人者でいらっしゃいます。

石田明さん(漫才コンビ"NONSTYLE")

"M-1で優勝できたのは、悔しくて泣いたことがきっかけだったんです"高校卒業後、板前の修業をしていたころに相方の井上さんに誘われ、神戸の路上で漫才をするように。その後、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属。2000年にデビューし、新人賞を総なめにした石田さん。大阪から東京に出て来たばかりで仕事がないとき、1年間漫才と向き合った結果、M‐1で見せたスタイルが新たに完成した。

倉本聰さんの言葉

"行き詰まったら、海抜ゼロから考えるといい""北の国から""風のガーデン"など、多くの名作を生み出してきた倉本さん。大学卒業後、ニッポン放送に入社し、在職中から脚本を書き始め、4年後に独立。以後、現在までにテレビドラマや映画など1000本以上の作品を世に送り出しました。
"今は叱ってくれる人が減ったでしょう。僕は富良野塾でよく怒鳴っていた。怒られたほうも傷つくかもしれませんが、怒る僕も傷つくんです。心の痛みは、むしろ怒るほうがずっと強い。だから、それが嫌で、みんなが怒らなくなってしまったんです。昔は隣の子どもも平気で叱ったものですが、今や誤った形の自由主義も加わって、うちの子に口出ししないで、という話になる。逆なんですよ。嫌な思いをしながら叱ってもらったことには、親はむしろ感謝しないといけない。叱ることは愛情なんだから。それがわからない社会は、本当におかしくなっていると思わざるを得ません"1977年に北海道・富良野へ移住し、現在は2005年に開始した"富良野自然塾"を通じて環境教育にも力を入れていらっしゃる倉本さん。

村上もとかさんの言葉

""うまい"と言われて喜んでいるだけでは、一回で終わってしまうんですよ"高校生のとき、漫画雑誌"COM"の影響を受け、漫画を描き始めた村上さん。1972年に"少年ジャンプ"誌上でデビューし、81年から"少年サンデー"で連載された"六三四の剣"は累計510万部の大ヒットを記録し、テレビアニメにもなりました。
"本気になって仕事をしているとね、何か起きたときに生きる力を与えてくれるんです。そしてそのうち、自分は仕事に生かされているんじゃないかと思うようになってくる。それが使命とか天命とかいわれるものなんだろうけど、でも、そんな大仰に考えなくてもいい。単純にかっこいいじゃない、プロフェッショナルって"このほど、第43回日本漫画家協会賞で優秀賞を受賞した村上さん。

大久保佳代子さん(お笑いタレント)

"与えられた役割は何でもこなす。そのうちにキャラができあがる。仕事は"尻軽"でいいんです"お笑いコンビ"オアシズ"を結成し、メジャーデビューした大久保さん。相方の光浦さんだけがTV番組にレギュラー出演となったことをきっかけに、会社員として働きながら舞台活動を行うことに。2010年にはタレント活動1本に絞り、その後、大ブレイクし、今や多数のレギュラー番組をかかえ、人気お笑いタレントとして活躍中。

村田修一さん(取材時:横浜ベイスターズ・内野手)

"自分を客観視できるか。これが、残れる人の条件なんです"現在は、読売ジャイアンツで活躍中の村田さん。東福岡高校時代には、投手として甲子園に春夏連続出場。卒業後は日本大学に進学し、世界大学野球選手権大会日本代表にも選ばれるなど、野手として頭角を現しました。
2003年にドラフト自由獲得枠で横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。以降、ホームラン王を2回獲得するなど、長距離打者として活躍されています。

大平貴之さん(プラネタリウム・クリエーター)

"プロ意識だけではダメ。イノベーションを生むのは理想を追求する"アマチュア性"""世界で最も先進的なプラネタリウム投影機"として、ギネス認定された"MEGASTAR(メガスター)-II"の開発者である大平さん。初めてプラネタリウムを製作したのは小学校4年生のとき。そして大学時代には、アマチュアでは例のないレンズ投影式プラネタリウムの開発に成功。就職後もプライベートで製作を続け、150万個(最終形は170万個)の星を映し出す"MEGASTAR(メガスター)"を国際プラネタリウム協会の大会で発表し、世界的な話題となりました。

谷村新司さんの言葉

"僕は、鳥の目線で自分を見ていたんです"23歳のとき、堀内孝雄氏、矢沢透氏と"アリス"を結成し、一時代を築いた谷村さん。ソロ活動や楽曲提供でも数多くのヒットを放ちましたが、音楽を始めた理由は"女の子にモテたかったから(笑)"なのだとか。ブレイクできたアーチストとそうでないアーチストの違いは、意志にあるという谷村さん。"何がしたいのか。どうなりたいのか。自分にとって仕事の成功とは何を意味するのか。何が自分の幸せなのか。まずは、はっきりさせることです"

壇蜜さん(タレント)

"淡々と、ではなく粛々と、役割を全うする。仕事に関しては博愛主義者です"テレビ番組、週刊誌、ファッション誌などで活躍中のタレント、壇蜜さん。2009年、28歳のときに"龍が如く4伝説を継ぐもの"に出演。2010年には"週刊SPA!"の一般公募型グラビア企画でグラビアデビューし、その後の3年間で一躍"時の人"に。"私は仕事に対して、やりがいは求めても楽しさは求めていません。ただ粛々(しゅくしゅく)と取り組むだけです。"淡々"ではなく、"粛々"。いつも"現場は現場。それ以上でも、それ以下でもない"と思っています。そう考えるようになって楽になりましたね。"

作家・池井戸潤さんの言葉

"人生はトーナメント戦じゃない。何回負けても、最後に勝ち越せばいい""下町ロケット"で第145回直木賞を受賞した池井戸さん。慶應義塾大学卒業後、銀行に就職。その後、小説家としてデビューしました。
銀行を舞台にした半沢直樹シリーズ"オレたちバブル入行組""オレたち花のバブル組"や、弱小企業野球部の救済を描いた"ルーズヴェルト・ゲーム"など、池井戸さんの小説は、数多くテレビドラマ化されています。"新しいことにチャレンジするのを止めたら、すぐに右肩下がりになります。これは、作家に限らず、どんな職業にも言えることだと思います。
会社のなかにいると"ここまではやって欲しい"という仕事が決まっていますが、それだけやっていたのでは、必要とされる人にはなれない。ほんの少しでいいから、求められた以上のもの、つまり"付加価値"をつけるのがプロフェッショナルのあり方だと思うんです"

映画監督・中江裕司さんのひと言から。

"笑われることなんか気にしない。縛られて生きてても、面白くないでしょ"沖縄に移住し、沖縄を舞台に映画を撮り続ける中江さん。海外からも高い評価を得ている彼ですが、映画を撮り始めたのはなんと"彼女にふられた"のがきっかけだったとか。また中江さんは、人生における"ダメな時期"はチャンスだと言います。いろいろなことを仕込み、好きなものをとことん追い掛ける。そして、次の時期を待つのだということでしょう。とにかく"やりたいことをやる"ことが大切だという中江さんの名言。

中村俊裕さん(米国NPOコペルニク共同創設者兼CEO)

"人生80年を費やすだけの意義ある仕事か。その問いに天職は隠れている"安価でシンプルな、いわゆる"ローテク"を途上国に届けることで貧困問題を解決する、NPO法人コペルニクのCEO・中村さん。京都大学法学部卒業後、ロンドン経済政治学院留学、国連研究機関でのインターン、マッキンゼー東京支社を経て、国連開発計画(UNDP)で途上国の開発支援に従事していました。
しかし、本当に助けを必要としている人のもとにダイレクトなアプローチをするため、高校時代から憧れの仕事だった国連職員を辞めて、コペルニクを設立したそうです。"向いていないことは、続きません。どんなことでも諦めずに続けることが大事だとは思わないです。向いていないなら、無理せずほかの道を探したほうがいい。逆に言えば、途中でやめたくなるのは、向いていないか、心からやりたいとは思っていないか、どちらか。僕はそう思います"

中村友哉氏(株式会社アクセルスペース代表取締役)

"超小型人工衛星を売るためには、顧客のニーズを汲み取る力が必要です"学生時代に"なんだか面白そう"と思ったことがきっかけで、人工衛星作りの道に入った中村さん。在学中に実際の衛星打ち上げに参加したほか、研究室時代には3つの人工衛星に携わりました。
その後はJAXAや民間の大企業へではなく、自ら起業することを選択。宇宙業界活性化のため日夜努力を続けています。起業前は、どうしたら人工衛星をビジネスとして成立させるかばかり考えていたという中村さん。

猪子寿之さん(チームラボ代表)

"クリエイティビティを育てたいなら、常識を排除し、自分が感じることを全肯定する"東京大学大学院在学中に、仲間5人とチームラボを創業した猪子さん。東京スカイツリーの壁画など、"テクノロジー"と"アート"を融合した作品や、斬新なWebサイト制作で注目を集め、チームラボを国内外の多くの企業から依頼が舞い込む、従業員300人の企業へと育て上げました。

津川雅彦(マキノ雅彦)さん(俳優、映画監督)

"不幸なことは必ず起きる。問題は、それを正しいと思えるか"華麗なる芸能一家に育った津川雅彦さん。16歳のときに、石原慎太郎原作脚本の映画"狂った果実"で主役に抜擢され、これが大ヒットして一躍スターに。しかしその後、所属映画会社の移籍や不倫スキャンダルなど苦しい時期が続いたのだとか。そんな苦い経験を経て""あの不幸があったから今があるんだ"という将来にすればいい、と思えれば前向きなバイタリティが出てくる。実は不幸こそが、本物の幸福をもたらしてくれるんだ"と思えるようになったのだといいます。

坪田信貴さん(株式会社青藍義塾代表取締役塾長)

"ラベリングしないこと。自分を信じられる人は、どこまでも伸びる"高校卒業後にアメリカへ留学し、帰国後に塾経営を始め、偏差値30だったギャルを慶應義塾大学に入学させた塾講師として、脚光を浴びている坪田信貴さん。"私が大事にしているのは、"この子はできる、できない"とラベリングしない代わりに"絶対伸びる"と信じることです。そしてそれを伝える。親でも教師でも上司でもいいですが、自分を信じてくれる人が身近にいるだけで、伸び方に大きな違いが出ます"

筒井道隆さん(俳優)

"この作品が終わったら死んでもいい。最初からその覚悟で取り組んでました"映画"バタアシ金魚"で俳優デビューし、第14回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した、筒井さん。24歳の時に出演した、三谷幸喜さん脚本のドラマ"王様のレストラン"が"転機"になったと語ってくださいました。
"僕はそれまで、人生を楽しむってことをせずに生きてきた。でも、西村雅彦さんをはじめとする共演者の方々は、みんな楽しんで仕事をしているんですよ。これには驚きましたね。ちょうど、自分を追い込んで仕事をすることに限界を感じていた時期でもあったんです。そんなときに、この作品に出会って、"人を笑わせる"という戦い方もあるんだと知った。そこから僕は変わりました"

脳機能学者・苫米地英人さんの言葉

"本当にやりたいことを見つけたいなら、現状をすべて否定してみるといい""聞くだけで彼女ができる着うた"の開発や"洗脳"のエキスパートとしても有名な苫米地さん。"脳は重要だと思うこと以外、認識しない"というのが彼の理論。やりたいことがなかなか見つからないのは"スコトーマ(盲点)"が邪魔をしているからだと言います。

日野晃博さん(ゲームクリエイタ―、レベルファイブ代表取締役社長/CEO)

"クリエイターが調子に乗って凝りだすと、ゲームは売れない。徹底した"ユーザー視点"を持て"ゲームメーカーでプログラマー・ディレクターを経て、1998年に株式会社レベルファイブを設立した日野さん。"ドラゴンクエストVIII""ドラゴンクエストIX"の開発を手掛け、"レイトン教授"シリーズは、世界累計1550万本以上の大ヒット。さらに、2013年に発売した"妖怪ウォッチ"は、漫画・テレビアニメ・玩具、それぞれが大ヒット中で、現在、社会現象にもなっています。

梅原大吾さん(プロ・ゲーマー)

"自分自身が楽しめているか。いつもそれを守っていれば、世界一になれる"日本人で初めてプロ・ゲーマーになった、プロ格闘ゲーマーの梅原大吾さん。1998年、17歳の時に格闘ゲームの世界一となり、その後も数々のタイトルを獲得。2010年4月、アメリカの企業とプロ契約を締結しました。
自分自身が楽しむことを何より心がけているという梅原さんですが、実は世界チャンピオンになってしばらくして、ゲームを楽しめなくなり、別の世界に飛び出したことがあるのだとか。"世界で最も長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー"としてギネス認定を受けた梅原さん。

八嶋智人さん(俳優)

"演技がうまかったわけじゃない。ただ、ひたすらにラッキーだったんです"テレビドラマ、映画、CM、バラエティなどの幅広いジャンルで、多才ぶりを発揮している八嶋智人さん。高校時代から役者を目指し、大学在学中に、松村武主宰の劇団"カムカムミニキーナ"の旗揚げに参加。同劇団の主要メンバーとして今も活躍しています。野田秀樹さん、三谷幸喜さんといった人気演出家の舞台にも数多く出演し、テレビ・映画・舞台でマルチに活躍している八嶋さん。

板東眞理子さん(昭和女子大学学長)の言葉

"与えられた仕事でベストを尽くす。そんな愚直さこそ、最高の成長戦略です"大ベストセラー"女性の品格"の著者として知られる坂東さん。理想的な仕事をするには、まず"力"をつけることが大切だと彼女は語っています。自分がどんな人間でありたいかにこだわる前に、つまらないと思う仕事であっても受け入れ、やってみること。すべてはそこから始まるのでしょう。"与えられた仕事でベストを尽くす"というのもなかなか難しいものですが、将来の成長のためには、必要なこと。

尾形真理子さん(コピーライター)

"たまには現実逃避してみる。心に逃げ場を作ることで、今をあきらめずに、頑張ることができるんです。"女性の心をうまくつかんだ"LUMINE"のポスターが大きな話題を呼んだ尾形真理子さん。"コピーを手掛ける時は、いつも、言葉にならないイメージが先にあるんです"と言います。そういった抽象的なものを、過不足なくコピーに落とし込めた時には"やった!"という気持ちになるとか。"試着室で思い出したら、本気の恋だと思う""嘘泣きはする。作り笑いはしない"

武井壮さん(タレント)

"クオリティを上げたいだけ、ではアマチュア。高い技術で周りを元気にするのが、プロ"30歳でタレント活動を開始し、現在ではテレビ、ラジオ、CMなどでも活躍中の武井さんは、小学校時代からスポーツ理論に目覚め、中学では野球、高校ではボクシングに挑戦。神戸学院大学法学部に進学後、陸上競技を始め、十種競技を専門種目に、わずか2年半でグランプリシリーズで優勝したという経歴をお持ちです。アメリカ留学中、減量のために山へ走りに行った際、巨大な鹿と遭遇して腰を抜かしてしまったことをきっかけに、動物から身を守る能力を得るためのトレーニングを始めたという武井さん。

武田双雲さん(書道家)

"楽しい仕事を探すんじゃなくて、まずは今の仕事を楽しんでみる。気持ちが先なんです"母である書道家、武田双葉(そうよう)に3歳から師事していたという武田双雲さん。東京理科大学理工学部卒業後は、NTTに入社し法人系のシステム営業を担当していたとか。"書"の価値に目覚めたのは25歳のとき。筆文字で名刺や表札をつくるネットショップを開業し、書道家として独立。路上で書を書く"ストリート書道家"としても注目を集めました。

スイマーでアテネオリンピック銀メダリストの、武田美保さんの言葉

"好きなことを好きでいるためには、しんどいことって必要なんです"5歳からスイミングスクールに通い始め、小学生時代にはすでにオリンピック出場を目標にしていたという、武田さん。その後シンクロクラブに移籍し、ジュニア世界選手権などを経て、アトランタ、シドニー、アテネの3大会で、計5つのメダルを獲得されました。
"アテネで引退することは決めていました。
狭い社会しか見てきませんでしたから、引退後はいろんなことをやってみたいと思っていました。
ただ、改めて思うのは、スポーツの世界から離れると、目標設定が非常に難しくなるということ。でも、だからといって限界を作って小さくまとまるのはよそうと思いました。
"二兎を追う者は、一兎をも得ず"ということわざがありますが、私は一兎も二兎も三兎も追いかけたい。これからもいろんなものを追いかけていきたいと思っているんです"引退後は、シンクロを用いたショーの出演をはじめ、キャスター、タレント、ピラティスインストラクター、講演会講師など幅広い分野で活躍中の武田さん。

平本清さん(株式会社21相談役)

"誠意は先に示す。これが、仕事の基本です"メガネや補聴器などを販売する"株式会社21"創始者のひとり、平本清さん。会社にお金を残さず、社員に還元、年3回あるボーナスは、多い人で500万円。給与・評価はすべて公開し、ノルマ・目標はなし。社長も任期制で、上司拒否権あり、といったユニークな経営手法が話題に。"日本一社員を大切にする会社"と評判ですが、実はもともと社員を喜ばすために作ったものではなく、会社を存続させるための苦肉の策として、試行錯誤の末にできあがった制度なのだとか。現在、地元広島を中心に全国120店舗以上、年商85億円のチェーン展開をするまでに成長した同社。

サッカー解説者・北澤豪さんの言葉

一流のサッカー選手は、自分の哲学を持っている。それが勝負を分けるんです"サッカー選手としてJ1リーグや日本代表で活躍した北澤さん。現役引退後は、国際協力機構(JICA)オフィシャルサポーターのほか、日本サッカー協会の理事、国際委員、広報委員、フットサル委員としてサッカーのさらなる発展・普及活動に努めていらっしゃいます。サッカー解説者としても活躍中で、情報番組"NEWSZERO"などに出演されています。"器用な人材になるには、何が必要か。意外かもしれませんが、自分の核となる哲学が必要なんです。確固とした核があるから、変えてもいい部分が見えてくる。自分の哲学はしっかり守りつつ、変えていくべき部分は時代に合わせてどんどんリニューアルしていくことが大切なんです。私の今の仕事である、サッカー解説者でもそうですよ。時代や視聴者のニーズに合わせて変化していかないと。そのためにはやはり、自分の哲学を持っていることが重要なんです"

脳科学者・茂木健一郎さん

"生き残りたかったら、バブルを起こせばいいんです""脳と心の関係"を軸に、美術、文芸、教育など多様な分野で活躍されている茂木さんが勧めるのが、"自分自身の基準"を持って"瞬時で判断できる人"になるための有効な方法"メタ認知"。何か新しいことを思いついたとき、自分がそのアイディアに対してどう感じているのかを、瞬時に察知し、面白くないと思ったら止め、いけると思ったら突き進む。

このページの先頭へ

高速検索リンク

このページの先頭へ

バナー

激安クラウド商品検索

「Webサイト構築セミナー」Movable Typeを使用して自社サイトを構築しよう!詳細はこちら。

書籍好評発売中「crema designの謎」

we-are-the-world ネットニュース menu

バナー

We-Are-The-World ネットニュースメールマガジン登録と解除

ホテルAPI検索

ファッションブランド

インターネット information

フードランド

ソフトウェア

歴史と文化

BBS

http://we-are-the-world.net/shopping/smart_search.php