トップ » 芥川竜之介

芥川竜之介

"羅生門""蜘蛛の糸"などで有名な、大正期の文壇を代表する作家の一人、芥川竜之介。短編小説の名手とされ、多くの傑作を残しましたが、その一方で長編には2度挑戦したものの、どちらも未完に終わったといいます。生活と芸術は相反するものだと考えて作品を執筆したと言われる

東京帝国文科大学卒業後に、処女短編集"羅生門"を刊行

新聞社の契約作家として、新聞・雑誌などで小説を発表

小学生のときには、同級生と共に回覧雑誌"日の出界"を刊行し、編集装丁を担当。中学生のときにも、回覧雑誌"流星"を刊行し、編集兼発行人を務め、論文などを執筆して掲載しました。
私は、短編を得意としています。処女短編集"羅生門"に収録した8編の小説は、すべて"今昔物語集"や"宇治拾遺物語"などの古典作品をベースとした歴史小説です。表題作の"羅生門"は、"今昔物語集"の"羅城門登上層見死人盗人語第十八"という話を基に、平安時代を舞台に"生きるための悪"という人間のエゴイズムを克明に描き出しました。

1927年、"僕の将来に対する唯ぼんやりした不安"を理由に、自室で服毒自殺を図った芥川竜之介。彼の死の8年後、親友であり文藝春秋の創設者でもある菊池寛が、芥川の名を冠した新人文学賞"芥川竜之介賞"を設けました。
芥川賞は日本で最も有名な文学賞として、現在まで続いています。

芥川竜之介 1892‐1927

作家。号は澄江堂主人など、俳号は我鬼。東京生れ。東大英文科卒。在学中(新思潮)に参加し(鼻)を夏目漱石に認められた。翌1917年、第1創作集(羅生門)で新進作家随一の地歩を占めた。以後、主題・題材も、(芋粥(いもがゆ))など(今昔物語集)から材をとったもの、(奉教人の死)などキリシタンもの、(枯野抄)(戯作三昧(げさくざんまい))など江戸を舞台にしたものと多岐にわたり、文体や結構も題材に応じて変える、理知的・意識的な小説作法を示した。しかし心身の衰弱とともに次第に作風は変化し、(玄鶴山房)(河童(かっぱ))を発表後自殺。ほかに(地獄変)(藪の中)や、童話(蜘蛛の糸)など。遺稿に(歯車)(或阿呆の一生)。
長男比呂志は新劇俳優、三男也寸志は作曲家。

このページの先頭へ

高速検索リンク

このページの先頭へ

バナー

激安クラウド商品検索

「Webサイト構築セミナー」Movable Typeを使用して自社サイトを構築しよう!詳細はこちら。

書籍好評発売中「crema designの謎」

we-are-the-world ネットニュース menu

バナー

We-Are-The-World ネットニュースメールマガジン登録と解除

ホテルAPI検索

ファッションブランド

インターネット information

フードランド

ソフトウェア

歴史と文化

BBS

http://we-are-the-world.net/shopping/smart_search.php