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クロード・ドビュッシー

印象主義音楽の代表的作曲家のひとり、クロード・ドビュッシー、現代にも受け継がれる代表作"月の光""海"を作曲した

10歳でパリ音楽院に入学し、"ローマ賞"作曲部門で大賞を受賞

印象主義音楽を確立し、"レジオン・ドヌール"を受章

作曲家としての初期は、チャイコフスキーやワーグナーに影響を受けました。しかしその後、激しい情緒や物語性の描写よりも、気分や雰囲気の表現に比重を置いた音楽様式を確立し、それはのちに"印象主義音楽"と呼ばれるようになりました。私の代表作の一つ、"牧神の午後への前奏曲"は、印象主義音楽の記念碑的作品とされています。
また、パリ万国博覧会で聴いたインドネシアの"ガムラン音楽"からは、ヨーロッパ音楽とは異なる"形式の自由さ"や"打楽器的効果""旋法や和声の響き"などの影響を受けました。

印象主義音楽を確立したドビュッシー。彼が作曲した交響詩"海"は、葛飾北斎の"富嶽三十六景"の中で最も有名な"神奈川沖浪裏"に着想を得たのだとか。1905年に出版された"海"の楽譜の表紙にもその絵が使用されています。

ドビュッシー 1862‐1918

フランスの作曲家。パリ近郊のサン・ジェルマン・アン・レーに生まれる。ベルレーヌの義母モテ夫人にその天分を見出され、10歳でパリ音楽院に入学、1884年にカンタータ(放蕩(ほうとう)息子)でローマ大賞を得て卒業。R. ワーグナーに傾倒し、象徴主義の詩人たちと交わり、ことにマラルメの(火曜会)に影響を受けた。やがてワーグナーの美学への疑念を深める中、ムソルグスキーの(ボリス・ゴドゥノフ)を知り、1889年のパリ万国博覧会でガムラン音楽(ガムラン)を聴き、決定的な影響を受ける。マラルメの詩による管弦楽曲(牧神の午後への前奏曲)(1892年-1894年)で作風を確立し、続けてメーテルリンクの戯曲によるオペラ(ペレアスとメリザンド)(1893年-1902年)を完成。伝統的な和声理論にとらわれない独自の手法で音の色彩を追究、20世紀を先導する作曲家となった。その音楽は作曲家の本意とは別に、絵画史上の概念から借りた印象主義の名で呼ばれることになる。
ほかに、歌曲集(ボードレールの五つの詩)(1890年)、ピアノ曲(ベルガマスク組曲)(1890年)、(弦楽四重奏曲)(1893年)、P. ルイスの詩による歌曲集(ビリティスの三つの歌)(1897年-1898年)、管弦楽曲(夜想曲)(1899年)、管弦楽曲(海)(1905年)、ピアノ曲(版画)(1903年)、管弦楽曲(映像)第3集(1908年-1912年)、ピアノ曲(前奏曲集)2巻(1910年、1913年)、バレエ・リュッスの委嘱によるバレエ音楽(遊戯)(1912年-1913年。台本・振付はニジンスキー)、歌曲集(マラルメの3つの詩)(1913年)、(フルート、ビオラとハープのためのソナタ)(1916年-1917年)などの最晩年の3曲のソナタがある。関連サティ/関連メシアン/関連ラベル/関連ラモー

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