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杉田玄白

西洋の医学書"ターヘル・アナトミア"をもとに"解体新書"を編纂した江戸時代の蘭学医 杉田玄白。オランダ語の本を翻訳した人として、歴史にその名を残す人物ですが、実はオランダ語がまったくわからないのだとか。
晩年には翻訳作業の大変さや、平賀源内ら同時代の蘭学者のエピソードを紹介した回想録"蘭学事始"を執筆した日本における蘭学のパイオニアの半生

前野良沢・中川淳庵らとともに"解体新書"を編纂

"まゆ毛"の意味を説明した、たった1行のオランダ語を翻訳するのに、一日がかりで考えぬくなど、日本で初めて西洋の書物を翻訳するという作業は、困難を極めました。意味がわかっている数百語の単語と、オランダの国語辞典だけを手掛かりに、一語一語、暗号を解読するごとく読み解いていかなければなりませんでした。完成した"解体新書"は、時間や手間などの問題から、翻訳していない部分があり、完全な翻訳本とはいえません。
しかし、西洋の解剖書を初めて世に出したこと自体に、大きな意義があると自負しています。

オランダ語がまったくわからないのに、本格的な翻訳書制作者として名を残した杉田玄白。彼の立ち位置は、今でいう"プロデューサー"といったところでしょうか。
また、玄白が晩年に書いた"蘭学事始"は、蘭学草創期の史実を後世に伝える願いを込めて出版されましたが、いつしか原本は失われ、写本も散逸してしまいました。しかし、幕末に偶然写本が見つかり、明治2年(1869年)に福沢諭吉をはじめとした有志一同によって"蘭学事始"の題名で刊行され、現在まで蘭学草創期の様子が伝わるようになりました。

杉田玄白 1733‐1817

江戸後期の医学者、蘭学者。名は翼(たすく)、号は【い】斎(いさい)、九幸。若狭小浜藩医。1771年前野良沢、中川淳庵と江戸小塚原刑場で刑死体の解剖を観察、蘭書(ターヘル・アナトミア)の正確さに驚き、(解体新書)訳述を遂行、蘭学の基礎を築いた。文才にすぐれ随筆が多く、(蘭学事始)(形影夜話)(野叟(やそう)独語)などの著書がある。
子の立卿〔1786-1845〕、孫の成卿〔1817-1859〕も蘭方医として名高く、立卿は特に眼科にすぐれ、成卿は幕府の訳官、蕃書調所の教授として活躍した。

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