トップ » ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

小説"若きウェルテルの悩み"や詩劇"ファウスト"など、世界文学史上に名を残すドイツの文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。
詩人・劇作家・小説家として有名なゲーテですが、現在のドイツ中部にあったワイマール公国の政治家としてもトップまで上り詰めました。さらに、自然科学者としても多くの功績を残す近世ドイツのマルチ人間の生涯

法律家を目指すも、仕事に興味が持てず文学活動に専念する

"若きウェルテルの悩み"の大ヒットと、ワイマール公国での出世

政治家としてワイマール公国の産業振興と文教政策に力を注ぎました。そして、学生時代から興味があった自然科学研究、とりわけ人体解剖学、植物学、地質学、光学などの分野で研究を続け、著作もあります。特に、それまで人間にはないと考えられていた上顎骨が胎児の時にあることを発見し、比較解剖学の発展に貢献しました。
また、生涯にわたって各地の石を収集し、コレクションは1万9000点におよびました。法律から自然科学まで、興味を持った物には何でも取り組むチャレンジ精神が私の一番の長所です。

忙しい公務の合間を縫って、自然科学研究と文学の執筆に勤しんだ多才なゲーテ。恋多き人としても有名で、生涯で十指にあまる大恋愛を経験し、74歳の時には17歳の少女に求婚し断られています。
名作"若きウェルテルの悩み"は、ゲーテ自身が22歳のころの実体験をもとにしています。後に戯曲"ファウスト"を60年の歳月をかけて完成させた文学への情熱といい、興味を持った物には何でも挑戦する好奇心といい、文豪ゲーテの中にはずいぶんと熱い血が流れているようですね。

ゲーテ 1749‐1832

ドイツの詩人。フランクフルト・アム・マインの名家に生まれた。1770年―1771年シュトラスブルクの大学に学び、シュトゥルム・ウント・ドラングの理論的指導者であったヘルダーと接触し、抒情詩では(ゼーゼンハイム小曲)、戯曲(ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン)や小説(若きウェルターの悩み)を発表、革新的な文学を創造した。1775年にワイマール公国の若い君主カール・アウグストに招かれ、やがて大臣、宰相となる。
1786年―1788年、シュタイン夫人との恋や政務の負担をのがれてイタリアに旅し、(タウリスのイフィゲーニエ)(タッソー)など古典的作風の戯曲を完成。宮廷劇場の総監督も務め、フランス革命鎮圧の軍に従軍した経験から叙事詩(ヘルマンとドロテーア)(1795年)が生まれた。また色彩論などの自然科学研究も行った。シラーとの友情が深まり、ドイツ古典主義の盛期を現出、教養小説の伝統を確立した、(ウィルヘルム・マイスター(修業時代))などの小説、(ファウスト)第1部やバラードを書く。その間、1789年以来同棲(どうせい)していたクリスティアーネと正式結婚(1806年)。
(詩と真実)(イタリアの旅)などの自伝的作品、(西東詩集)(マリーエンバート哀歌)など晩年の恋愛体験からの詩を書き、(ウィルヘルム・マイスター(遍歴時代))(ファウスト)第2部も完成した。精神の普遍性と人格の調和ある発展を特色とする生涯、その芸術・思想が、後世に与えた影響はきわめて大きいものがある。

このページの先頭へ

高速検索リンク

このページの先頭へ

バナー

激安クラウド商品検索

「Webサイト構築セミナー」Movable Typeを使用して自社サイトを構築しよう!詳細はこちら。

書籍好評発売中「crema designの謎」

we-are-the-world ネットニュース menu

バナー

We-Are-The-World ネットニュースメールマガジン登録と解除

ホテルAPI検索

ファッションブランド

インターネット information

フードランド

ソフトウェア

歴史と文化

BBS

http://we-are-the-world.net/shopping/smart_search.php