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土方歳三

幕末に"新選組副長"として活躍した土方歳三。局長・近藤勇の補佐役として隊内に厳正な規律を敷き"鬼の副長"と称されただけでなく、数々の事件で武名を残した剣豪の生涯

近藤勇と結成した新選組で、副長として活躍する

新選組結成時より、副長として組織づくりに力を入れ、最盛時には200名の部下を統率しました。それぞれ出自が異なる浪人集団である新選組を統率するため、俗に"局中法度"(局中法度書)と言われる隊規を定めました。隊規は厳格に運用され、違反した組員は、たとえ幹部といえども厳しい処分を受けるものとしました。
また、私は農家の生まれですが、幼いころより武士に憧れ、その夢を叶えることができ、幕末という時代の中で、最後まで士道を追求しました。

数多くの小説や、テレビドラマでも人気の土方歳三。色白で引き締まった顔立ちに加え、長身だったため、新選組副長として活動していた当時、多数の女性からの恋文をもらっていたのだとか。

土方歳三 1835‐1869

幕末の剣士。武蔵(むさし)国多摩郡の生れ。1863年幕府の浪人募集に応じ浪士隊に参加、京都に上り、芹沢鴨、近藤勇らと組織した新撰組の副長となって尊攘派志士を弾圧した。戊辰(ぼしん)戦争では榎本武揚に従い新政府軍に抗戦するが、函館五稜郭で戦死。

新撰組

新選組とも記す。幕末、京都守護職である松平容保の下に治安維持、特に尊攘派志士の弾圧に活動した浪士隊。1862年幕府は清川八郎の建議を入れ、浪士を集めて浪士組(のち新徴組)を編制、翌年上洛させて京都警備に当たらせたが、清川が尊攘派と結びつく動きを見せたため江戸へ戻らせた。

京に残った芹沢鴨、近藤勇らが再組織したのが新撰組で、隊長は芹沢、次いで近藤。副長土方(ひじかた)歳三。戊辰戦争では鳥羽・伏見の戦に敗れた後、甲州で新政府軍と戦って敗走し解隊した。

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