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葛飾北斎

江戸時代後期の浮世絵師 葛飾北斎。富士山を主題として描いた風景画"冨嶽三十六景"の作者として有名ですが、浮世絵以外にも洒落本や読本などの挿絵を、数多く手がけました。
ゴッホなどの印象派画家にも影響を与えた"世界的な天才絵師"の半生

勝川春章へ弟子入りし、浮世絵師としてデビューを飾る

葛飾北斎の雅号を使い、"北斎漫画"などの作品を発表する

勝川派に入門して以来、読本挿絵、絵手本、錦絵、肉筆画など、さまざまな分野で、役者、美人、風景、道具類、妖怪などを題材に描きました。一つの分野や技術に固執せず、探求心を持って新しい物を積極的に自らの絵に取り入れてきたことが、私の強みだといえます。

絵の技術としては、ありとあらゆるものを的確に描き出す"デッサン力"に自信を持っています。そのデッサン力を活かした"北斎漫画"は私の代表作の一つとなり、絵師だけでなく多くの人々に影響を与えました。
また、それまでは読み物のおまけ程度の扱いでしかなかった挿絵の評価を、格段に引き上げたのは、私の功績だと自負しています。

63歳の葛飾北斎は、代表作である"冨嶽三十六景"の制作に入り、ここから"風景版画家・葛飾北斎"の活躍が始まりました。人生の晩年に至っても努力を怠らず、創作への情熱はますます燃え上がったと言われている、スケールの大きな人物です。

葛飾北斎 1760‐1849

浮世絵師。幕府用達鏡師の子として江戸本所に生まれる。90回を越える転居など奇行が多く、逸話も多い。改号の癖があり、春朗、宗理、可候、北斎、画狂人など30以上の号を用いた。1778年勝川春章の門に入り、美人画・役者絵が退廃の度を進める化政期以降、奇抜な発想や大胆な構図で風景画・花鳥画のジャンルに清新な画境を開拓して浮世絵版画を中興した。終生画業の開発と変革に努め、和漢洋の各種画法に強い関心を示した。
風景版画に(富岳三十六景)(千絵の海)等のほか、(富岳百景)(北斎漫画)等の絵本類もあり、その画業は国際的にも高く評価される。門下からは柳川重信、昇亭北寿ら異色の作家が輩出。

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