トップ » 始皇帝

始皇帝

紀元前の中国において、諸国が乱立する戦国時代に終止符を打ち、中国初の統一国家を作った、秦の始皇帝。小説や漫画、映画などでも語られる"中国の初代皇帝"の半生

6つの強国を制して、中国を統一国家へと導く

父の後を継いで王位につき、秦王国内の実権を掌握したのち、"戦国七雄"と呼ばれた当時の強国を次々に滅ぼし、秦を中国史上初の統一王朝としました。統一後は、政治・経済面の改革を行い、後に続く中国国家の原型を作り上げました。

征服した各国の独立を廃し、中央集権制を採用しました。36(のちに48へと増加)の"郡"を置き、郡は"県"で区分され、さらに"郷"そして"里"と段階的に小さな行政単位を定めました。部下の中では、従来の封建制を用いて、王子らに諸国を統治させる意見が主流でしたが、古代中国で発生したような政治的混乱を招くと強硬に主張したある部下の意見を採用しました。
こうして、伝統的な地域名はなくなり、例えば"楚"の国の人を"楚人"と呼ぶような区別もなくなり、人物登用も家柄に関係なく能力を基準に考慮できるようになりました。

度量衡や通貨、荷車の軸幅(車軌)、位取り記数法などを統一し、市制の標準を定めることで経済の一体化を図りました。各地方の交易を盛んにするため、道路や運河などの広範な交通網を整備。
さらには各地で異なっていた通貨を、一本化しました。そして最も重要な政策が漢字書体の統一です。中国全土における通信網を確立するために、地域によって異なっていた書体を廃止し、公式の書体を定めました。

"万里の長城"を最初に建設した人物としても有名な、始皇帝。"阿房宮"と呼ばれる広大で豪華な宮殿や、"兵馬俑(へいばよう)"としてその一部が世界遺産にも指定されている巨大な墓を建設した、スケールの大きな人物です。

始皇帝 前259‐前210

中国、秦の建設者、皇帝(在位、前221年―前210年)。名は政。前247年秦王となり、相次いで東方の諸国を征服し前221年天下を統一。初めて皇帝と称し、郡県制をしいて中央集権の政策を推進、外征によって中国の領域を拡大。万里の長城や阿房宮など、大土木工事を起こし、しきりに各地を巡幸。李斯(りし)を登用して思想の統一を図り、焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)を行い、神仙思想に関心を示した。また、度量衡・貨幣・文字の統一を行った。東方を巡幸中、病死。中国専制政治の祖型となる。

このページの先頭へ

高速検索リンク

このページの先頭へ

バナー

激安クラウド商品検索

「Webサイト構築セミナー」Movable Typeを使用して自社サイトを構築しよう!詳細はこちら。

書籍好評発売中「crema designの謎」

we-are-the-world ネットニュース menu

バナー

We-Are-The-World ネットニュースメールマガジン登録と解除

ホテルAPI検索

ファッションブランド

インターネット information

フードランド

ソフトウェア

歴史と文化

BBS

http://we-are-the-world.net/shopping/smart_search.php