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徳川家康

"鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス"という句でおなじみ、徳川家康。この句が表すように"我慢の人"として一般には知られていますが、実は時流に敏感で抜群の政治センスを持った人物。激動の戦国時代を巧みに乗り切った彼の人生

大国に挟まれた小さな国の当主として苦労するも、時流を捉え大大名へ飛躍

豊臣秀吉に臣従するも、その死去ののち政権を獲得し、江戸幕府を開く。

私の生まれた国・三河は、西に織田家の尾張、東に今川家の駿河、北には武田家の甲斐・信濃と言う、強国に囲まれた小さな国でした。乱世を生き抜くため時流に身を任せ、ときには裏切り裏切られて、世の中の怖さと面白さを学びました。このときに身につけた政治感覚が、後の立身出世に役立ちました。
また、健康管理には早くから気を付けていました。刀や槍の鍛錬、乗馬、水泳などで体を動かすことを心掛け、食べ物は必ず火を通し、生水を飲まず、煙草も吸いません。薬学にも強い関心があり、薬も自分で調合します。健康に気を配り、長生きしたことによって、乱世の生き残りとして地位を築けたのではないかと考えています。

将軍職を退いた後も、居城・駿府城から江戸幕府を実質的に支配した徳川家康。後年は当代随一の戦上手という名声を得ましたが、若いころは負け戦が多く、命の危機にさらされることもありました。幼いころの人質経験や、信長に妻と長男を処刑するよう命じられる、一度自分を裏切った部下を再び登用するなど、生涯でさまざまな経験をした人物です。

徳川家康 1542‐1616

江戸幕府初代将軍。三河国岡崎城内で生まれる。幼名は竹千代。父は岡崎城主松平広忠、母は刈谷城主水野忠政の娘(於大の方(おだいのかた)、法号伝通院(でんづういん))。6歳のとき、人質として駿府の今川義元のもとへ行く途中を織田方に捕らえられて尾張に送られ、広忠の死後、今川・織田間の捕虜交換協定によって駿府に赴いた。1555年義元の館で元服し元信と名のり、今川氏の一族関口刑部少輔の娘(築山殿(つきやまどの))と結婚、1558年ごろ元康と改名。義元の敗死を機に岡崎に入城して今川氏から自立した。
1561年織田信長と和睦、1563年家康と改めた直後に譜代の家臣団をも巻きこんだ三河一向一揆が起きたが、翌年これを鎮定、結果として三河一国を統一。1566年徳川と改姓。1570年姉川の戦で信長とともに浅井・朝倉連合軍を撃破。同年10月武田信玄と絶って上杉謙信と同盟、1572年三方原の戦で信玄に大敗した。1575年長篠の戦で家康・信長連合軍は武田勝頼の軍に大勝。1582年、信長が武田氏を滅ぼして家康は駿河を手に入れた。本能寺の変後甲斐・信濃の帰属をめぐって北条氏直と対立、甲・信2国の領有を認めさせる和睦に成功し、駿・遠・三・甲・信の5ヵ国を領有する大大名となった。
1584年、信長の子信雄(のぶかつ)を助けて小牧・長久手の戦で豊臣秀吉に大勝したが、信雄が秀吉に屈服したので家康も秀吉と和睦。以後秀吉の死まで家康は秀吉指揮下の有力大名という地位にあった。1590年、秀吉の小田原征伐に従軍、小田原北条氏滅亡後その旧領に移封されて江戸城に入った(相模、伊豆、武蔵、下総、上野などで約250万石)。1596年内大臣となり、同年ころから秀吉の死の直前の間に設置されたと考えられる五大老の筆頭として、秀吉の死後は朝鮮からの諸大名の撤兵を指揮した。翌年五大老の一人前田利家の死後、秀吉の築いた伏見城本丸に入り、(天下殿になられ候)((多聞院日記))と評されるにいたった。
1600年の関ヶ原の戦に勝利し、1603年将軍宣下を受けて江戸幕府を開く。1605年将軍職を秀忠に譲り、将軍が徳川氏に世襲されるべきものであることを天下に示すとともに、官位の束縛を受けない大御所として、公家・寺社勢力を含めた全国支配の実権を握りつづけた(大御所政治)。1612年ごろから全国の公家、寺社、大名に朱印状を発給すべく準備を始めたが、実現しないうちに1614年大坂の陣の開始によって中断。翌年(元和1年)夏の陣で豊臣氏を滅ぼし、続いて武家諸法度、禁中並公家諸法度を発布して徳川の天下を安泰とした。1616年4月17日駿府城で没。久能山に葬り、翌年日光山(日光東照宮)に改葬、後水尾天皇から東照大権現の神号を受け、正一位を追贈された。

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