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ヨハネス・ブラームス

19世紀ドイツの音楽家ヨハネス・ブラームス(Brahms)。バッハ(Bach)、ベートーヴェン(Beethoven)と共に、ドイツ音楽における"三大B"とも称される大作曲家の半生

6歳から音楽を習い始め、20歳のときにシューマンに認められる

音楽家として順調にキャリアを積み、"交響曲第1番"で大成功を収める

ベートーヴェンの影響を深く受け、モーツァルトやハイドンといった古典派の作曲家たちを尊敬し、交響曲と協奏曲では古典的な形式を採用して作曲しました。そのため私の音楽は、ロマン派の作曲家の中で最も古典派に近いとされ、"新古典派"と呼ぶ人もいます。
また、バロック音楽にも多大な関心があり、とりわけバッハを尊敬していて、彼の作品全集を購読して研究して作ったのが"交響曲第4番"で、終楽章のテーマは、バッハのカンタータ第150番の主題を応用したものです。

クラシック音楽史に欠かすことのできない大作曲家ブラームス。100年以上前に亡くなっていますが、実はブラームス本人による演奏の音源が、今も残されています。1889年12月、前年に実用化されたばかりの"蓄音機"で録音されたもので、アメリカ人であるエジソンが代理人を通じて録音したいと思うほどに、ブラームスの名は、当時すでに世界的に知れていたということでしょうね。

ブラームス 1833‐1897

ドイツの作曲家。ハンブルク生れ。少年時代にピアノを習い、酒場でも演奏して家計を助けた。1843年から高名なピアノ奏者 E. マルクスゼン〔1806-1887〕にピアノと作曲を師事し、J. S. バッハやベートーベンの音楽について多くを学ぶ。1853年にヨアヒム、R. シューマン夫妻と知り合い、シューマンの尽力で一躍注目を集めた。その後はデトモルトとハンブルクで指揮者として活動するかたわら作曲に専念し、(ピアノ協奏曲第1番)(1858年)、ピアノ曲(ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ)(1861年)など初期の代表作を完成。1862年以後ウィーンに本拠を移し、(ドイツ・レクイエム)(1868年)で確固たる名声を築く。1872年-1875年ウィーン楽友協会音楽監督。その後は作曲に専念し、1876年(交響曲第1番)を完成。ベートーベンを継ぐ交響曲作家としての地位を確立。
生涯独身で通し、晩年は室内楽の名曲を数多く残した。作品はオペラや交響詩を除くあらゆる分野にわたり、代表作にはほかに、交響曲第2番~第4番(1877年、1883年、1884年)、(バイオリン協奏曲)(1878年)、(ピアノ協奏曲第2番)(1881年)、(バイオリンとチェロのための協奏曲)(1887年)などの管弦楽作品、3つの弦楽四重奏曲(1859年-1876年)、(チェロ・ソナタ第2番)(1886年)、(バイオリン・ソナタ第3番)(1886年-1888年)、(弦楽五重奏曲第2番)(1890年)、(クラリネット五重奏曲)(1891年)などの室内楽作品、(ラプソディ(アルト・ラプソディ))(1869年)、歌曲集(マゲローネ)5集(1861年-1868年)などの声楽作品がある。関連ドボルジャーク/関連ハンスリック

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