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ヘレン・ケラー

視聴覚に障がいを負いながらも、世界各地を歴訪し、身体障がい者の教育・福祉に尽くしたアメリカの社会福祉活動家ヘレン・ケラー。日本では三重苦を克服した"奇跡の人"とされていますが、実は"奇跡の人"はヘレン・ケラーの教育を助けたアン・サリヴァンのことなのを、ご存じでしょうか?"奇跡の人"サリヴァン先生とともに、不屈の精神で障がいを乗り越え、社会福祉に貢献した女性の半生

高熱で聴力、視力を失うも、サリヴァン先生と出会い名門大学へ入学

優秀な成績で大学を卒業し、社会福祉活動家、著作家として活動する

サリヴァン先生との出会いが、すべての始まりでした。手の上に指文字で単語を綴り、その単語の意味を実際の物や行動で示すところから始まりました。最初の単語は"Doll(人形)"。サリヴァン先生がパーキンス盲学校の目の見えない子どもたちからの贈り物を渡すことで具体的に示してくれました。私は3カ月後で、300以上の単語を覚えました。
単語を覚えることからスタートし、点字を使って文字を書くことを覚え、サリヴァン先生が発音している時に、舌と唇の位置を触り、その動きを模倣することで話すことを覚えました。こうして最終的には名門大学を優秀な成績で卒業することができました。

1937年、前年に亡くなったサリヴァン先生の遺言に従って、日本を訪れたヘレン・ケラー。到着後に新宿御苑で開催されていた観桜会で昭和天皇に拝謁しました。その後、3度の来日を果たし日本各地を巡り、没後に日本政府から勲一等瑞宝章が贈られました。そのほかにも、ヨーロッパや中東、アフリカなど、世界各地を訪れ、各国で障がい者のために講演活動を行いました。
ヘレン・ケラーの大学入学に難色を示す理事長に宛てた手紙で、彼女は次のように書きました。"私が大学教育を受けるのには非常に大きな幾多の障がいがあることは十分わかっていますし、ほかの人たちには、それは乗り越えられないように思われるかもしれません。しかし、戦いの前に敗北を認めないのが、真の兵士というものです"

ヘレン・ケラー 1880‐1968

米国の女性社会福祉事業家。生後19ヵ月で盲聾唖(もうろうあ)となったが、アン・サリバン〔1866-1936〕の献身的指導を受け、1904年ハーバード大学を卒業。以後世界各国を訪問し身体障害者の福祉事業に専念した。1937年には来日し、各地で講演した。

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