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菊池寛

芥川賞・直木賞の創設者としても有名な、大正・昭和期の作家 菊池寛。
作家だけにとどまらず、文藝春秋社の設立をはじめ、大映(映画会社)の初代社長、報知新聞の客員を務めるなど、実業界でも活躍した彼の半生

京都帝国大学を卒業し、時事新報社の社会部記者となる

作家としての地位を確立し、雑誌"文藝春秋"を創刊

小学生のころから読書欲が旺盛で、中学生になると市立図書館の蔵書2万冊のうち、中学生の読みこなせるレベルの本はすべて読破しました。18歳のときには"讃岐学生会雑誌"の懸賞作文で二等を取り、19歳のときには"日本新聞"の課題作文に入選し、その特典で初めての上京を果たしました。
作家としては、人生経験や人生観を創作に活かすことを重視し、"真珠夫人"では、構成の巧妙さと読者の心をとらえるように工夫し、"新聞小説、通俗小説として新境地を開いた"と高評価を受けました。

1935年、友人であった芥川龍之介と直木三十五の名を借り、"芥川賞"と"直木賞"を創設した菊池寛。川端康成や横光利一、小林秀雄といった後進の文学者を援助し、日本文藝家協会や大日本文芸著作権保護同盟の初代会長を務めるなど、日本文学の発展に貢献しました。

菊池寛 1888‐1948

大正・昭和の小説家、劇作家。本名寛(ひろし)。高松生れ。京大英文科卒。一高時代に芥川竜之介、久米正雄らを知り、第3次、第4次(新思潮)同人となる。戯曲(屋上の狂人)(父帰る)を発表したが認められなかった。1918年の(無名作家の日記)以後(忠直卿行状記)(恩讐の彼方に)(真珠夫人)などで一躍流行作家となった。1923年(文芸春秋)を創刊主宰、また文芸家協会を設立、芥川賞、直木賞を設定するなど作家の社会的地位の向上にも貢献した。

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