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近藤勇

幕末に活躍した"新撰組"筆頭局長 近藤勇。剣術の才能と人望によって、農民の身分から幕臣にまで上り詰めた近藤勇ですが、歴史の流れには勝てず、最後は処刑されてしまいました。今でも数多くの映画やテレビ、小説などで取り上げられる剣豪

剣術の才能を認められ、天然理心流4代目を襲名

将軍の上洛警護で向かった京都で"新撰組"を立ち上げる

幼いころから剣術が得意で、農民の身分ながら天然理心流の4代目を継ぎました。私が浪士組に入隊したころは、単なる一隊員でしたが、後に頭角を現し"壬生浪士組"に名称を変えて以降、隊内の一派閥をリードするまでになりました。その後"新撰組"へとさらに名を変えた後は、私自身が主導する体制を構築。その後も組織の円滑な運営と、新撰組の地位向上に務め、幕府直属の組織にまで引き上げました。

幕臣にまで出世した新撰組、そして近藤勇ですが、その後は明治維新という歴史の荒波に飲み込まれてしまいます。自身も戊辰戦争中に新政府軍に捕縛され、中山道板橋宿近くの板橋刑場で斬首されました。
物語の中では華やかに描かれることが多い新撰組ですが、稽古はかなり厳しかったらしく、新撰組の駐屯地近くでは、打ち倒されて動けなくなっている隊士をよく見たともいいます。

近藤勇 1834‐1868

新撰組隊長。武蔵(むさし)国多摩郡出身。近藤周助に天然理心流の剣術を学びその養子となる。1863年幕府の募集に応じて浪士隊に加入。
のち新撰組隊長として池田屋事件など京都の反幕派志士の取締りで名をあげ、幕臣ともなる。鳥羽・伏見の戦のあと江戸に戻り、甲陽鎮撫隊(こうようちんぶたい)を組織して新政府軍と戦うが、敗れて捕らえられ斬首。

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