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黒沢明

世界中の映画人から尊敬されている"世界のクロサワ"こと映画監督 黒沢明。世界が認める質の高い映画を生み出しただけではなく、監督デビュー作の"姿三四郎"以降、"赤ひげ"までの約20年間、ほぼ毎年のように作品を撮り続けた多作な人でもあります。
妥協を許さぬ姿勢で多くの名作を生み出した映画監督の半生

助監督として現東宝に入社し、"姿三四郎"で監督デビュー

"羅生門"で世界に羽ばたき、"生きる""七人の侍"で不動の地位を築く

アクションシーンを望遠レンズで撮る技法や、スローモーションで撮影する技法を編み出しました。また、どしゃぶりの雨の質感を出すために墨汁を混ぜた水を放水車で降らせたり、当時の技術的タブーを破って太陽に向かってカメラを向けたり、森の中を走るシーンを移動撮影ではなくパニングで撮るために俳優たちをカメラの周りを円を描くように走らせたり、と視覚効果を得るためさまざまな工夫を凝らしました。
"監督になりたければまずシナリオを書け"と助監督時代に監督から助言を受け、脚本を一生懸命書きました。監督になってからもシナリオを重視し、脚本段階で、生まれた場所、家族構成、趣味、体格、生活環境から歩き方までを、ノートにどんどん書き込み、登場人物の肉付けを徹底的に行うことを信条としています。

ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を筆頭に、世界的な映画賞を数多く受賞した黒沢明。ジョージ・ルーカスやスティーヴン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラ、マーティン・スコセッシなどハリウッドを代表する映画監督に多大な影響を与えました。

黒沢明 1910‐1998

映画監督。東京生れ。京華商業卒。1936年 PCL(同年東宝に合併)入社。処女作の(姿三四郎)(1943年)以後、(酔いどれ天使)(1948年)、(野良犬)(1949年)などの佳作を発表。(羅生門)(1950年)で世界的名声を獲得、さらに(七人の侍)(1954年)、(隠し砦の三悪人)(1958年)、(用心棒)(1961年)、(赤ひげ)(1965年)、(デルス・ウザーラ)(1975年)、(影武者)(1980年)、(乱)(1985年)、(まあだだよ)(1993年)などを送り出している。
1985年文化勲章。時代劇にみられるダイナミックな画面構成は、イタリアの(マカロニ・ウェスタン)を生むきっかけとなっただけでなく、ハリウッド映画にも大きな影響をあたえた。

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