トップ » ブルース・リー

ブルース・リー

映画"燃えよドラゴン"で有名な、アクション俳優ブルース・リー。映画俳優として世界的に有名ですが"截拳道(ジークンドー)"というオリジナルの武道を創った武道家でもあります。映画界で成功後、すぐにこの世を去ったアクションスターの半生

カンフーの腕が認められて、人気俳優へと転身

父が役者をしていたため生後3カ月で映画出演を果たし、以来、香港で子役として23本の映画に出演しました。テレビシリーズ"グリーン・ホーネット"への主演がきっかけで一時休止していた俳優業を再開しました。その後は、映画に出演したり、映画でのアクション指導も務めました。
13歳から学んでいたカンフーを基本に、レスリング、ボクシング、合気道、柔道など、さまざまな格闘技の技術・エッセンスを取り入れた武道"截拳道(ジークンドー)"を創設しました。

"截拳道(ジークンドー)"とは、ルールに縛られないファイティングスタイルを特徴とし、東洋哲学、特に古代禅仏教と老荘思想も取り入れ、格闘においても、人生においても、"自由"を目指し、自分自身を自由に正直に表現するよう心がけ実践していくものです。

1973年、"燃えよドラゴン"の撮影終了直後に急死したブルース・リー。アクション映画で役者として活躍しただけではなく、"截拳道(ジークンドー)"を自ら作り出した武道家でもありました。

ブルース・リー 1940‐1973

俳優。中国名は李小竜。米国、サンフランシスコ生れ。父は広東演劇の名優。生後3ヵ月の時に香港で(金門女)(1940年)に出演。ワシントン州立大在学中に独自の武道(截拳道)を創始し、道場を開く。テレビ出演をへて1971年香港に戻り、(ドラゴン危機一髪)(1971年)、(ドラゴン怒りの鉄拳)(1972年)、監督も兼ねた(ドラゴンへの道)(1973年)など、中国拳法カンフー(功夫)を用いた映画に出演。
香港・米国の合作(燃えよドラゴン)(1973年)により世界的なカンフー・ブームを巻き起こしたが、完成直後に急死。没後別人による追加撮影を行って(死亡遊戯)(1979年)が発表された。香港アクション映画の一典型をつくり、J. チェンや洪金宝などに影響を与えた。

このページの先頭へ

高速検索リンク

このページの先頭へ

バナー

激安クラウド商品検索

「Webサイト構築セミナー」Movable Typeを使用して自社サイトを構築しよう!詳細はこちら。

書籍好評発売中「crema designの謎」

we-are-the-world ネットニュース menu

バナー

We-Are-The-World ネットニュースメールマガジン登録と解除

ホテルAPI検索

ファッションブランド

インターネット information

フードランド

ソフトウェア

歴史と文化

BBS

http://we-are-the-world.net/shopping/smart_search.php