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ナポレオン

革命後の混乱したフランスをまとめあげた、ナポレオン。フランス革命勃発の4年前に、軍人としてキャリアをスタートさせ、皇帝にまで上り詰めた英雄

砲術を活かした作戦で軍人として頭角を現し、国内軍司令官に就任

クーデターに成功し国の実権を握り、国内改革を経て皇帝に就く

私には2つの功績があります。軍人としては、国民軍の創設や砲兵・騎兵・歩兵の連携(三兵戦術)、前線に輸送・補給するべき軍需品の重視、指揮官の養成など、近代的軍隊の基礎を築きました。政治家としては、全国的な税制度、行政制度の整備を進めると同時に、革命期に壊滅的な打撃をうけた工業生産力の回復をはじめ、産業全般の振興に力を注ぎました。
特に、各地に残っていた種々の慣習法、封建法を統一した初の本格的な民法典である"フランス民法典"は、"万人の法の前の平等""国家の世俗性""信教の自由""経済活動の自由"など、近代的な価値観を取り入れた画期的なものとして評価され、近代的法典の基礎となっています。修正を加えながらオランダ、ポルトガルや日本などの現在の民法に影響を与え、フランスにおいては現在に至るまで現行法です。

数々の名言を残した人物としても有名なナポレオン。特に知られている"余の辞書に不可能の文字はない"の言葉は、原文を直訳すれは"不可能はフランス語ではない"だそうです。
そのほかにも"不可能と言う文字は愚か者の辞書にのみ存在する""フランス人は不可能という言葉を語ってはならない"という説もあり、そもそも実際にナポレオンが口にしたかどうかも定かでなく、後世の創作ともいわれています。

ナポレオン1世 1769‐1821

フランス皇帝。コルシカ島のイタリア系地主ボナパルト Bonaparte 家出身。砲兵士官となったが、山岳派支持の小冊子を発表して逮捕された。1795年バンデミエールの反乱を鎮圧して再起し、総裁政府によりイタリア遠征軍司令官に任命されて手腕を発揮。1799年エジプト遠征から帰国後、ブリュメール18日のクーデタにより総裁政府を倒し自ら第一執政となり軍事独裁への端緒を開いた。その後イタリア、オーストリアを征服、王党派や共和派を弾圧して1804年皇帝となった(第一帝政)。この間ナポレオン法典の制定、教育制度の再建、宗教協約(コンコルダート)の締結などを行った。さらにナポレオン戦争を遂行して全ヨーロッパの制覇を図り、大陸封鎖の勅命を発して英国に対抗。しかしスペイン侵略(スペイン独立戦争)とモスクワ遠征に失敗、解放戦争に敗れて1814年退位、エルバ島に流された。
翌年再起したがワーテルローの戦に敗れ(百日天下)、セント・ヘレナ島に流されて没した。

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