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パブロ・ピカソ

20世紀を代表する芸術家のひとり、パブロ・ピカソ。若いころから才能が認められ、50歳のときにはパリ近郊に"城"を購入したほど、金銭的にも成功した芸術家です。絵画だけでなく、彫刻や舞台のデザインなど幅広い分野で才能を発揮した芸術家の生涯

"青の時代"を経て、初期の代表作"アヴィニョンの娘たち"を発表

キュビスム、シュルレアリスム時代を経て、代表作"ゲルニカ"を制作

幼いころから絵の才能に恵まれ、20歳で初めての個展を開くなど、画家として早くから成功することができました。長い生涯にわたってさまざまな作風を駆使した作品を描きましたが、友人のジョルジュ・ブラックと共に生み出した"キュビスム"は、ルネサンス以来の一点透視図法を否定した画期的なものだと自負しています。それまでの具象絵画が一つの視点に基づいて描かれていたのに対し、いろいろな角度から見た物の形を一つの画面に収める技法です。
その影響は、絵画だけにとどまらず、彫刻、デザイン、建築、写真にまで及びました。

"キュビスム"という革命的な芸術理論を創造し、20世紀美術の先頭を走った稀代の芸術家、パブロ・ピカソ。生涯におよそ1万3500点の油絵とデッサン、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な美術家として、ギネスブックにもその名を刻んでいます。
画家や詩人、音楽家など、多くの友人がいるピカソですが、生涯の友は"ハト"。制作中は誰も部屋へ入れなかったのですが、ハトだけは例外だったようです。

ピカソ 1881‐1973

スペインの画家。めまぐるしい様式の変化をくり返したことから(変貌の画家)と呼ばれる。アンダルシア地方のマラガ生れ。1901年パリに出、ロートレックの影響下に貧しい人びとの生活を青い色調で描く(青の時代)を皮切りに、1905年のオランダ旅行後(ばら色の時代)に移った。のちアフリカの黒人彫刻の造形に興味をもち、1907年(アビニョンの娘たち)を描いてキュビスムを創始。1920年前後に一時古典的写実に戻ったが、1925年ごろシュルレアリスムの影響を受け、特異なデフォルメによる彫塑的表現を試みる(メタモルフォーズの時代)に入る。
以後各種の表現方法を取り入れて自由な造形に進んだ。1937年には反戦的大作(ゲルニカ)を発表、パリのレジスタンス運動の闘士と交わり、戦後共産党に入党。次いでニースに近いアンティーブで、軽い筆触により(笛を吹く牧神)等を描く。石版画、彫刻、陶器等も制作。最晩年には大量の(画家とモデル)の連作を描いた。20世紀美術を代表する一人として、与えた影響はきわめて大きい。

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