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劉備玄徳

小説やゲームでおなじみ"三国志"の英雄のひとり、劉備玄徳。戦乱の後漢時代に立身出世を果たし、蜀を建国。魏の曹操、呉の孫権とともに三国時代を築きました。後の明の時代に書かれた時代小説"三国志演義"の主人公としてクローズアップされ、有名になった古代中国の英雄の生涯

義兄弟である関羽・張飛とともに、戦乱の世へ漕ぎだす

諸葛孔明との出会いを経て、蜀の建国を達成し初代皇帝に就任

義兄弟の契りを結んだ関羽と張飛とは、いくども逃亡生活をともにし、チャンスを求めて長い間各地を放浪しました。また、天才軍師の誉れ高かった諸葛孔明を、2度断られながらも3度目の正直で部下としたように、粘り強さが持ち味です。
多くの有能な部下に恵まれたのは、若いころから仲間内のリーダーとして、指導力・統率力を養っていたおかげであると自負しています。

"三国志演義"では"徳"と人望のある人物として描かれている劉備玄徳。不正を嫌い、正義を貫いた英雄とされていますが、実像は野心的な政治家だった、ともいわれています。

劉備 161‐223

中国、三国時代の英雄。蜀(しよく)の建国者。字は玄徳、河北省【たく】県の人。漢の景帝の子中山靖王劉勝の子孫と称した。関羽、張飛を得て、後漢末の黄巾(こうきん)の乱討伐に参加。頭角を現し、曹操(そうそう)、袁昭(えんしょう)、劉表などをたより、次第に地位を高め、諸葛孔明(しょかつこうめい)を得て天下三分の計をめぐらし、呉の孫権と結び赤壁(せきへき)の戦で南下する曹操の軍を破った。
のち荊州、益州(四川省)を奪って三分の計を完成したが、孫権の攻撃により荊州を失い益州のみを根拠地とした。221年漢室の復興を称して皇帝に即位、国号を漢とした。荊州の奪回を図ったが成功せず、白帝城で死んだ。

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