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猫田勝敏

ミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得した男子バレーボールチームで、セッターとして活躍した猫田勝敏。東京オリンピックからモントリオールオリンピックまで、4大会連続でオリンピック出場を果たし、金・銀・銅の3個のメダルを獲得した"世界一のセッター"の異名を持った彼の半生

6歳でバレーボールを始め、19歳で初の全日本入りを果たす

20歳でオリンピック初出場、28歳で悲願の金メダルを獲得

6人制バレーボールにおいて、試合の流れを大きく左右するセッターは、非常に重要なポジションです。私は全日本のセッターとして、自分の判断次第で勝敗が決まると考え、厳しい練習に励みました。プレーにおいて大切にしていたのは、アタッカーが一番打ちやすい状態を考えてトスを上げることです。
アタッカーが一番打ちやすいといわれているオーバートスを上げるため、自分がどんなに無理な体勢でも、できる限りボールの下に入りました。また、左目でボールを見て、右目で相手のブロッカーを見て、いろいろなコンビネーションを考え、トスを上げました。

不動のセッターとして全日本男子バレーボールを世界一へと導いた猫田勝敏。36歳で現役を引退後は、専売広島の監督に就任し、日本リーグで采配を振るいましたが、1983年、胃がんのため39歳の若さで逝去。"紫綬褒章"の遺族追章を贈られました。

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