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アルベルト・シュバイツァー

ドイツ出身のアルベルト・シュバイツァー。マザー・テレサやマハトマ・ガンディーと並んで、"20世紀のヒューマニスト"として知られる彼の半生

大学で神学と哲学を学び、神学科の講師となる

30歳で医師を志し、アフリカに渡って診療所を開設

21歳のとき"30歳までは芸術と科学を身につけることに専念し、30歳からは世のために尽くす"と決意しました。新たに医学を学び始めた30歳までは、神学や哲学の研究を行い、オルガン奏者としても活躍し、バッハに関する著作
を出版するなど、バッハ研究の第一人者とも目されていました。大学で講師職に就き、そのままでも社会的には成功したかもしれませんが、アフリカの赤道近辺の地域では、医師が不足していること知り、"医師で
あれば、もし言葉が通じなくても、どこへ行っても人に尽くすことができる"と思い、医師の資格を取得し、ガボンで医療活動に従事しました。

ガボンにおける医療活動と並行して、哲学や神学の本を書き、資金集めのためにオルガンの演奏会や講演を行うなど、精力的に活動したシュバイツァー。広島と長崎に原子爆弾が落とされたことを知り、第2次世界大戦後は核問題を
中心に戦争反対運動にも参加し、1952年には"ノーベル平和賞"を受賞しています。

シュワイツァー 1875‐1965

アルザス生れ、ドイツ系のプロテスタント神学者、哲学者、音楽家、医者。ルター教会の牧師を父とし、シュトラスブルク大学で神学、哲学を修め、1902年同校神学部講師。
(イエス伝研究史)(1906年)で、イエスの教えの終末論的性格を論じ、(パウロ研究史)を著した。21歳の時の(人類への直接奉仕に入ろう)という決意に従い、1905年からは医学を学んで医師の資格をとり、1913年ガボン(当時は仏領赤道アフリカ)のランバレネに病院を建設、生涯、医療と伝道に献身。初期の活動を中心とした著に(水と原生林の間で)がある。
1952年ノーベル平和賞。音楽家としては、バッハ研究の標準的著作(J. S. バッハ)(1905年)があり、またオルガン演奏も行った。哲学方面では(生命の畏敬(いけい))の倫理などについて論じた(文化哲学)(1923年)がある。

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