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夏目漱石

"吾輩は猫である""坊っちゃん"の作者として名を残す、明治を代表する文豪 夏目漱石。小説家として有名な彼ですが、今の東京大学英文科2人目の卒業生であり、小説家になるまでは英語の先生でした。
神経衰弱を筆頭に数々の病気との闘いでもあった文豪の生涯

有名学校で進学を続け、英語の教師として歩みを始める

中学校教師や母校の英語講師の職を歴任し"吾輩は猫である"でデビュー

幼いころから成績優秀でした。特に英語が得意で、英国留学経験もあります。中学校や大学で教壇に立って英語を教え、母校でもある東京帝国大学英文科でも教鞭をとりました。俳句が得意で、正岡子規や高浜虚子など俳人の友人もいます。言葉遊びや造語も得意です。
今後もこの"ことば"の能力を活かし、活躍したいと思っています。

"吾輩は猫である""坊っちゃん"と立て続けにヒットを飛ばした夏目漱石がその後"職業作家"として選んだ道は、朝日新聞社の社員。年一度100回ほどの長編小説を書くことが条件で、月給は200円。悪くない雇用条件のように思えますね。
また"造語の達人"としても知られる夏目漱石。"兎に角(とにかく)""浪漫(ロマン)""価値""電力""肩が凝る"などの言葉を生み出したとされていますが、実は、学術的にはどれも漱石の造語とは立証されていないとか。とはいえ"夏目漱石が作った"としておいた方がロマンがあるように思えませんか?

夏目漱石 1867‐1916

小説家、英文学者。本名金之助。江戸牛込の名主の子に生まれたが、不遇のうちに幼時を送った。少年時は漢詩文に親しみ、大学予備門で正岡子規を知って俳句を学ぶ。東大英文科卒後松山中学、五高教師を経て1900年渡英。1903年帰国後、一高、東大講師となり、1905年から(吾輩は猫である)(坊っちゃん)を(ホトトギス)に発表して文名をあげ、また(倫敦塔)(草枕)などで自然主義文学に対立。
1907年朝日新聞入社後(虞美人草)(坑夫)(三四郎)(それから)(門)などを同紙に発表し作家としての地位を確立した。1910年の修善寺大患以後(彼岸過迄)(行人)(こゝろ)(道草)(明暗)などでエゴイズムの問題を追求、晩年は(則天去私)の境地に達したとされる。森鴎外と並ぶ明治の代表的文学者。門下に阿部次郎、小宮豊隆、鈴木三重吉、森田草平、寺田寅彦、芥川竜之介ら。全集がある。

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