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ピョートル・チャイコフスキー

有名なバレエ音楽"白鳥の湖""眠れる森の美女""くるみ割り人形"を作曲した、ピョートル・チャイコフスキー。
5歳のころから、ピアノを弾き始め、モーツァルト、ロッシーニなどの音楽に熱中し、その旋律をすぐにピアノで弾くなど、幼いころから音楽の才能を示しましたが、両親の希望で法律家の道を選択。しかしその後、音楽への情熱が冷めず、働きながら音楽を学んでいたロシアの作曲家の半生

法律学校を卒業後、法務省で働きながら音楽を学ぶ

法務省を辞め、作曲家としてデビュー

叙情的で流れるような美しさを持った旋律を特徴とし、絢爛豪華なオーケストレーション(オーケストラ演奏用の編曲)を得意としています。
また、当時"バレエは踊り手が華やかに踊ればそれでいい、音楽は引き立て役にすぎない"とされていましたが、私は"音楽と踊りが対等に結び合い、一体となって劇的効果を高めるようなバレエ音楽"を目指し、"白鳥の湖""眠れる森の美女""くるみ割り人形"を作曲しました。これらは後に、多くの人から親しまれるバレエ音楽となりました。

チャイコフスキーの代表曲として知られるバレエ音楽"白鳥の湖"ですが、1877年に行われたボリショイ劇場での初演は失敗に終わりました。
しかし、不評の原因は振り付けや演奏などの悪さによるものであり、彼の死から2年後、振り付けなどを変えて再演され、大変な人気を博しました。

チャイコフスキー 1840‐1893

ロシアの作曲家。鉱山技師の子としてウラル山麓(さんろく)の鉱山町ボトキンスクに生まれる。1848年ペテルブルグに移り、法律学校を出て官吏となったが、1862年ペテルブルグ音楽院開設と同時にその一回生となり、1863年には退職して音楽に専念。1866-1878年モスクワ音楽院で教鞭(きょうべん)をとる。1868年(交響曲第1番)を発表し、続いて幻想序曲(ロメオとジュリエット)(1869年)、バレエ音楽(白鳥の湖)(1876年)、(交響曲第4番)(1877年)、プーシキン原作のオペラ(エフゲーニー・オネーギン)(1878年)などを発表。作曲家として確固たる地位を得た。1876年からは裕福な未亡人 N. von メックの財政援助を受け、1878年教職を辞して創作活動に打ち込み、欧米各国に楽旅し名声を高めた。
(交響曲第6番・悲愴)初演の9日後に急死。コレラによるものとされるが、同性愛の発覚を恐れての自殺という説も根づよく、この大作曲家の死の周辺はいまだに謎に包まれている。代表作にはほかに、ビューローに献呈された(ピアノ協奏曲第1番)(1875年)、チェロと管弦楽のための(ロココ風の主題による変奏曲)(1876年-1877年)、(バイオリン協奏曲)(1878年)、ピアノ三重奏曲(偉大な芸術家の思い出)(1881年-1882年)、オペラ(スペードの女王)(1890年)、バレエ音楽(眠れる森の美女)(1889年)、(くるみ割り人形)(1892年)、数多くの歌曲など。ソビエト時代には演奏が禁じられた宗教音楽にも近年光が当てられつつある。なお、その名を冠した(チャイコフスキー音楽コンクール)(音楽コンクール参照)は、バイオリン、ピアノ、チェロ、声楽の4部門からなり、世界有数のコンクールの一つ。優勝者にクレーメルなど。
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