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津田梅子

日本の女子高等教育のパイオニアである津田梅子。アメリカで初等・中等教育を受け、帰国後は英語教師として活躍。ヘレン・ケラーやナイチンゲールとも面識があった女性教育者の半生

11年間のアメリカ留学を経て、華族女学校の英語教師となる

英語教育や個性を尊重する教育に努めるべく、女子英学塾を創立

アメリカで初等・中等教育を受け、帰国後、日本の女性が置かれている状況に驚き、日本でも女性の地位を高めなければという思いがつのりました。
また、アメリカ滞在中から、国費留学生として得たものを、日本女性と分かち合いたいという思いもあったので、華族平民の区別がない女子教育を目指し、"女子英学塾"を開いて一般女子の教育を始めました。独自の教育方針を貫き、資金援助を小規模にとどめたため、経営は厳しいものでしたが、それまでの女子教育とは違う、進歩的で自由な、レベルの高い授業は評判になりました。

7歳から18歳までをアメリカで過ごした津田梅子。長い留学生活で、日本語の能力は通訳が必要なほどになってしまい、日本的風習にも不慣れであったと言います。また当時の日本の結婚観も受け入れられず、生涯独身を貫きました。

津田梅子 1864‐1929

明治・大正期の女子教育家。津田仙の次女。江戸生れ。8歳のとき日本最初の女子留学生として米国に渡る。初・中等教育を終えて帰国、英語の教師となるが、1889年再び渡米し、生物学、教授法を学ぶ。帰国後、女子高等師範学校の教授などを経て、1900年女子英学塾(現津田塾大学)を創立。明治・大正期の女性教育、英語教育に大きな足跡を残した。

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